2012年05月11日
ベトナムコーヒー@大森
ほっと一息。何年ぶりかのベトナムコーヒーです。
今日は、女子記者カレッジのお仕事でした。
特定非営利活動法人大森まちづくりカフェで主催されている大田区の助成講座です。
去年、記事の書き方についてお話しをさせていただいたので、
今日は、出来上がりの紙面の講評などをお話しさせていただきました。
し、しかし、すっかり写真をとるのを忘れてしまった。。。
いつまでたっても、一度にひとつのことしかできないんですよね〜。

http://www.kyoudou.city.ota.tokyo.jp/gnko05/pub/sheet.php?id=2640
受講された皆さんは、本当にすごく個性的でした。
意欲もあるし、質問も鋭かったです。
こちらは脳がバンバン活性化する感じでした。っていうか、私が講評して良いのか!ってくらい。
出来上がったタブロイド判に講評をしたのですが、期間やキャリアを
考えるととても素晴らしい出来上がりだと思います。
ポテンシャルが非常に高いなぁと感銘を受けました。
でも、こちらは講評するので、重箱の隅をつつかないといけない!
と、使命感も持ちつつ。
決定的なマイナスがないので、細かなディテールのお話しで終わってしまいました。
これから皆さん方は地域の情報紙にどんどん関わっていかれるそうです。
皆さんの地域への愛着や情熱がきっと実を結ぶんだと思います。
再就職でもなく、かといって自己実現でもなく、ボランティアとも違う。
ただ学びたいという気持ちで集うって、実はすごいことなんだと思う。
今年度も継続助成されることになったそうです。
こんな素敵な講座だったら(あ、自画自賛じゃないです。私はのぞいて)
私も受けたいなぁと思うくらい、グループワークは楽しそう!です。
事務局の方にお話しをうかがうと
「参加者は産休中、転職準備中、パートなどさまざまですよー」とのこと。
ちょっと一休みしてキャリアをもう一度考えたいという方が受講されているそうです。
保育付きなので、そうかもしれませんね。ちょっと準備中の方が多いのかも。
私は仕事をしているとはいえ、かなりのノラーリクラーリです。
そんなキャリアっぽいお話しをするのはお恥ずかしいという気持ちもどこかあります。
仕事もプロジェクトで動いているので、暇なときは寝てばかりいます。
基本的にぐうたらなので、コツコツも難しい。ヘボな短距離選手のようです。
受講者の皆さん方の方が堅実で素敵です。きっと良き妻で、賢母なんでしょう。
そして長距離ランナーで人としてまっとうな感じ・・・あぁ修行が足りない私。
私もちゃんと準備して生きていこう!
日本の女子力は、静かに、でも青白い炎のように日本を支えているんだなぁ。
ちなみに女子って何歳までよ、とたまに思うのですが、
女の人って、永遠に女子なんですよね、きっと。
あ〜勉強になった〜。
あ、ここまで書いて、はたと思いました。
ベトナムコーヒーや大森の話題はどこへ〜。
2012年05月10日
石段の隙間に咲いていたタンポポ。
おぉ、しっかり、生き抜いているな、と思ってしまいました。
しぶとい、ってことは生命力があるってことだ。
なぜか、東京で島の人に会うと、この「しぶとさ」を感じます。
もちろん言葉は通じるけど、違う文化圏で頑張っている、というか。
カナダで移民の人たちと話す機会がよくあったのだけど、
その人たちに感覚が近いのではないかなぁと思うのです。
私は、ヘタレですが、私より少し上の世代の方々の苦労話を聞くと、
思わずひれ伏したくなります。
90近い方々にお話しを聞いたことがあります。
上京されたときは、差別や偏見との戦いから始まったとのこと。
恋愛や結婚、仕事、壁だらけだったそうです。
今、還暦を迎える方たちあたりまでは、やはり目が厳しかったようです。
おかげさまで、40代の私は、東京で様々なものを享受できていると思います。
先輩方の頑張りがあったからこそ、でしょう。
その方々が少しずつ自費出版などをされています。
今度、きちんと集めて、読み直したいと思います。
私は、上京する前、沖縄だけが戦争の傷跡が大きいと思ってました。
東京で知り合った友人たちのご両親の代は、孤児だったり、
原爆で瀕死になったり、と、さまざまな傷跡があるのだと知りました。
そして、きちんと子どもたちに語りついでいます。
その子どもたちが、こうしてまた語り合う機会がある。
家族の負の歴史も飲みながら語ることが出来るようになったのも
ある程度の年齢になったからこそかもしれません。
話がそれにそれましたが、差別や偏見、戦争。
一見、マイナスに思えるものが人を奮起させたり、反省材料になったりする。
この事実も見逃してはいけないなぁ、と思う一日でした。
2012年05月09日
アロマな島にな〜れ。
昨日、アロマの勉強会に行ってきました。
Mさんのお宅で、生徒7人のアットホームな会です。
(Mさん、いつもありがとう!今度はちゃんとお菓子持ってくね)
自分の好きなアロマを探して、自分だけの香水を作るという、
あら、なんか、セレブじゃん的な集いでございました。
テキストも先生が自分でお書きになっているので、
いろいろ質問しまくりで楽しかったです。
たぶん、40種近くの香りを試嗅?しました。
そして、香りを嗅いでいるうちに、私の心は何故か思い出の中に。
あ、これは、宮古の原っぱの匂いじゃないか、とか。
当時、松の木の下で遊んでいた思い出とか。(あの頃には市内にもちょこちょこありましたね)
嗅覚は、大脳辺縁系というところに作用して、理性ではなく感情に直でつながるそうです。
なるほどなぁ。なんか懐かしかったです。癒やされました。
それはそうと、生徒7人の方が作った香りが、おのおの個性的でした。
人柄というか、雰囲気というか、あぁ、あなたらしいわぁ、っていうかんじ。
全部、いい匂いだけど、自然と自分の体臭とマッチするアロマを選んでいる感じでした。
私は普段から甘いにおいがすると言われるので、作った香りはかなりスパイシーでした。
でも実際つけてみるとちょうどいいのよね。
香りに釣られて、つい最近、宮古島で見たPAC3を思い出したり。
潮の香りがする海岸に異様に人工的な匂いがしていたのでした。
島も個性。
どうせなら、自然の香りでいっぱいの島であって欲しい。いろんな意味を込めて。
アロマ系、結構向いていると思うんだけどな、宮古島。
2012年02月06日
勇気のある人は美しい人
貧困女子っていうのをテレビでやってました。
私が視聴したのは、上のyoutubeのではないですが、
内容はその説明と、実際の貧困女子のミニドキュメンタリー
のような番組内容でした。
その番組によると、手取り収入-家賃=84,999円以下を
貧困女子と言うそうです。
あくまで東京の場合です。全国的にはもっと低いようです。
要は生活保護をもらう人より少ないお金で生活している
独身女子の事らしいです。
まぁ、なんでも女子つければ良いってもんじゃないと思いますが。
ツイッターや掲示板を見ていると、司会者やコメンテーターの
コメントがお気楽すぎて炎上のネタになりそうです。
人ごとながら心配に。
お金持ちの人たち(司会者やコメンテーター)が
いろいろ言うなんておかしい!とのこと。
「こういう人が増えると僕たちの年金が困る」って、
コメントするなんて反感買いますね、たぶん。
もうちょっと掘り下げて、なぜそうなのか、そしてどうなるのか、
どうしたらもっと良くなるのか、幸福とは何か、貧困との関係性は?とか、
もう少し分析したコメントが見たかったです。
ちなみに、宮古の誇り、友利新さんもご出演でした。
優しいコメントでした。
でも、こういうことを取り上げるだけましだと思います。
擁護する気はないんですが、芸能人は顔を売っているかわりに、
プライバシーも売っているようなものですから
その必要経費かとも思います。
まぁ、それましたが、貧困女子ってアレですよね。
数年前のワーキングプアの話の流れで。
しかし、今日の女子たちはたくましかった。。。
エールを送りたいです。
せめて貧困じゃなくて「清貧」という枠に当てはめて欲しいです。
好きなことをやって、お給料が少なくても知恵と体力を使って
生活している。すがすがしいお姿でした。
でも、宮古は結構そういう人は意外と多いんじゃないかと思います。
低賃金でも幸せに暮らしていたり、充実していたりする人。
チャップリンも言ってるしなー。
人生に必要なものは、勇気と想像力とほんの少しのお金だ。
【チャールズ チャップリン(Charles Chaplin)】
ところで、宮古では生活保護のことを「福祉をもらう」と言いますね。
そう、もらうものなんだと思います。
権利でもあるけど、義務を果たしてなんぼという観点もあります。
ある福祉関係のひとから聞いた話ですが、生活保護は連鎖するそうです。
親が生活保護をもらって、働く意志を見せないと、
子供もその方が得策って思うらしいです。
当然と言えば、当然です。
実際、宮古の生活保護率は驚きます。
「本当に助けを必要としている人が適正に受けられるようにしなければならない」
と市としてはコメントしていますが、他の自治体と比べたら
財政を圧迫していますね。
http://miyakoshinpo.com/news.cgi?no=1286&continue=on
それから、宮古は移住の方も多いのですが、
こういう話もちらほら聞くのです。
http://www.miyacojima.com/keikaku/vol046.htm
>住民票を宮古島に移し、生活保護を貰う手続きをしているのだ。
>それと同時に、移住してきても住民票を写さない。
>住民税も払わないから、宮古島は人口が増えても、
>あまり税金が増えないのが現状なのだ。
>宮古島に憧れ来たものの、仕事も無く、あっても低賃金なので
>考え付いたことなのだろうが、これではあまりにもひどいやり方で、
>近所や回りの人たち、それに携わっている人たちが頭を抱えているのだ。
狭い島でこんな事を書くのは、とても勇気が要ることだと思います。
でも、やっぱりおかしいことはおかしいって言わなきゃ、いけない。
勇気のある人は美しいですね。
無理矢理まとめるんですが、
テレビに出ていた貧困と呼ばれていた女子も
宮古のことを真剣に考えて苦言を呈する人も
私の目からは美しい人なのです。
2012年01月06日
離島芸人 ヨナさん
*写真が横にしかなりません、すいません。
突然ですが、わたくし、去年からマツコデラックスさんに魅了されています。
娘にも松子と名付けたいと言ったら全力で止められましたが。
それはたぶん、あのプリプリした肌が赤ちゃんっぽいから。
化粧も素晴らしい。メイクをするときは女装風の私なので
参考にしたいこと限りなしです。
さてさて、年末にDVDレコーダーを買いましたが、使いにくい!
一念発起して、昨日から番組録画を四苦八苦しながら録画できました。
マツコさん見たさに、怠け者の私でもできるのですね。
ちなみに録画した番組は「アウト×デラックス2」
今日、空いた時間で、チェックしよーと思ってたら。
あ〜〜〜〜〜〜、伊良部出身のお笑い芸人さんが出演しておりました。
なんてナイスタイミング。
その名もヨナさん。ほんとおもしろかったです。
絶対、頭おかしい(ほめ言葉)。
生意気だけど、かわいい。馬鹿すぎて。と、きっとマツコさんも思ったに違いない。
ネタも宮古毎日新聞でした、笑。
取り上げてほしいそうです。かけあってみようかな。
今年は、宮古出身の若手お笑い芸人が出てくる予感です。
あ〜、楽しい。
ちなみにいろいろググってみました。
http://www.genshijin.com/NewFiles/yona.html
ブログもありました!
http://gree.jp/yona/blog
離島芸人と、書いてありました。
これいいなぁ。
がんばれ〜。ジョリジョリ(これはヨナさんのネタ、毛深いってことですね、きっと)
2012年01月05日
今年は、読めば宮古!本から10年目。

あけましておめでとうございます。
のらりくらりブログを今日も読んでいただき、感謝です。
感謝の気を勝手にお送りします、はーっ!
皆々様にとって、良いことがたくさんありますように。
今年もよろしくお願いいたします。
ツイッターでも書きましたが、人の死期は、自らの誕生日のわずか前とか
当日とかが多いそうです。なんというか、体のサイクルですかね。
今年は無事に誕生日を迎えたので、もう一年安泰のようです。良かった。
毎年、柄にもなくおせちを作るので(家人の所望)
誕生日を迎える頃にはほどよいアルコールでほうけてしまいます。
妻業の8割はここで一年分を消化します。精神的には。
人に合わせることを学ぶというのは、結婚が最たるもののような気がします。
でもおせちって、ほんとあっという間になくなるので、悲しい。
今年こそは写真をとっておこう。。。と。
さてさて、この年になっても、お誕生日おめでとう!と言われると
結構うれしいもの。
たくさんの寿言をいただいて、今年は一年の予定(目標)を考えてみました。
楽しい一年にする。生活も仕事も。
子供と遊びたおす。
ヨガ再開。健康管理をする(やせる)。
引っ越しをする。
学ぶ。(主に歴史)
店を開くので、そこを楽しみの基地にする(また詳しく書きます)
社団法人 atalas network での活動を本格化。
最大の目標は、いや、予定は、
宮古本、第三弾「読めば宮古!リターンズ(仮)」を仕上げる
です。
皆様、突然のメールでよろしく!と言われたら、笑顔で原稿を書いてください、笑。
今年の年明けは、ここ数年にないくらいワクワクしています。
おばさんになるって、いいことだなぁ。
宮古では、中年以上のことはおばさんとは呼ばず、
みんな「ねぇさん」と呼ぶ。姉さんですね。
おばさん、というか、宮古の姉さんたちのように鷹揚になっている自分に
気づいて、宮古の人で良かったと思うのです。
でも、私は東京にも住んでいるので、
よくばりですが、今年はどちらにも根が張れるように思索を深めたいと
思うのです。
健康だけには留意して、今年も楽しく行きましょう!
たくさんのご加護が皆様の上に降り注ぎますように。
2011年12月29日
隙間の自分時間。
今時は、子どもの塾の送り迎えは必須なので、ボヤッとコーヒーを飲んでいます。
いや、うちが頼りないだけかとも思いますが。
小1の娘は初めての塾体験。きっとドキドキしているんだろう。
こっちまで落ち着かない。
私も初めて塾に行ったのは小学校低学年。
当時の宮古の塾はある意味、野放しで、
結構遠くの塾まで一人で歩いて通っていた。
勉強と言うよりは学校と違う異空間を満喫!という塾代がもったいない話でした。
宮古の人は教育熱心だ、と沖縄本島出身の友人も言っているくらい
宮古はたくさんの塾がありました。
70年代から80年代は花盛りだったような気がします。
今も一部の教育熱は高いと思う。
私が中学の頃通っていた塾は、10時半に帰途について、
その後、宿題を電話で答え合わせをするという恐るべし塾でした。
で、先生方がほとんど内地の若い男の人だったので、もうまるっきり異文化。
寝るのは必然的に夜中の1時頃。
そして夏休みは、朝の9時から夜の10時まで。お弁当、ふたつ。
でも、そこでも楽しすぎて、勉強に身が入らないこと限りなし、でございました。
スポーツも人間関係も苦手だった私は、図書館と塾が癒やしの場所だったような気がします。
ほとんどの塾生が県外などの進学校に進みました。
素質のある子が勉強をするとたいがいいいところに行けるのですね。
天才って、もともとの頭の質のような気がする、どうやったって追い越せない、
と達観いたしました。それなら地元で遊んでやる!という意気込みで、宮古高校へ。
高校に入ったら、勉強を一切せずも楽勝だったのは、その塾のおかげ。
勉強貯金を使い果たして、卒業する頃には完全にアホでしたが。
いや、何が書きたかったかっていうと、私は勉強自体が楽しくてしょうがありませんでした。
塾の先生がはじめての内地体験でした。まさに異文化。
そして勉強して、漢字が読めれば、本も読めるし、宮古以外の世界を
たくさん知ることができた。その楽しさは、知ることの楽しさが主でした。
だから成績は、ね(笑)。ってことで。
そして、何十年後には、こうして島のことをいっそう深く知りたくなるのです。
風土を知り、歴史を知り、人を知る。
方向性もへったくれもありませんが、自由研究をたずさえて
多くの人と宮古本を作りたいなと思うのです。来年こそ!
さぁ〜勉強するぞ〜。
2011年12月21日
久々に講演をきく
先日、東工大でレクチャーを聴いてきました。
http://www.cswc.jp/lecture/lecture.php?id=185
ロジャー・パルバース先生が44年間にわたって見てきた
日本という国についての分析でした。
まるで落語のようにオチがちょくちょくあって、楽しかった。
ほんとに、人の話を聞くって、なんと楽しいことだろう、と思う。
そして、面と向かってじゃなくてただの一聞き手になることで、
自分の中に何か熟成される気がします。
当たり前だけど、リアクトしなくていいし、ボーッと話に集中できる。
普段、何か人から話を伺うときは、どうしても失礼がないようにとか、
出来るだけ感じよくしようとかで(ある意味、姑息だけど)、頭がいっぱいになる時がある。
原始人なので、つい失礼なことを言ったりしてしまうので、
いつも自戒をこめて話を伺うようにしている。
で、それましたが、そのレクチャーで拝聴したことは
自分の興味がいっそう深くなった気がします。
nationality
citizenship
race
ethnicity
時代の流れにおけるこの4つの定義。
一瞬、どれも同じか?と思ったけど、違うんですよね、確かに。
そして、これからの日本人も様々なバックグラウンド、文化とともに
生きていかねばならないのだそうです。
改めて、多様性を認めることの大切さ、身にしみました。
語り尽くせませんが、民族性と生活がアジャストしない面白さを
生き生きと鮮やかに泳ぎ切っている感じがしました。
底辺に流れている自分の民族性。
それは異文化にいる人は感覚的に鋭く、皮膚感覚のようにわかるのでしょう。
先生は、2008年第18回宮沢賢治賞を受賞されているので、
話も自然にそこに流れていきました。これもまた興味深い話でした。
最後に質問を受け付けていたのですが、ある人が
「この震災のような自然災害などに賢治ははどう考えていたでしょうか?」
端的にいうと、そんな感じの質問をしていました。
先生は「あんまり興味がなかったのでは」というようなお答えでした。
それが、なんというか、その時代の人っぽいなと思ったのでした。
先生もその時代の人間の命の重さのような話をされていました。
東北の自然は厳しく、今に比べてはるかに多産多死だったようです。
いろいろ調べてみましたが、地域限定は探せませんでした。
日本だと、賢治が産まれてまもなくの明治32年から人口動態調査は始まりました。
その頃から昭和14年までは千人あたり100以上、即ち、生まれたこどもの
およそ10人に1人が1年以内に死亡。(死産は含まず)
現在は乳児死亡は250人に1人、新生児死亡は500人に1人の割合となっているそうです。
類にもれなく、賢治のまわりも多くの生と多くの死が
まわりを取り囲んでいたのでしょう。
うぅ、簡潔にまとめようと思いましたが駄目ですね。
まぁ、人の話はおもしろい!と久々に思った数時間でした。
そして、今、一番読みたい本は、ロジャー先生の「面白い日本の私」と
「柳田国男・南方熊楠往復書簡集」です。←備忘録
2011年12月14日
久しぶりなのにシリアス
写真は島らっきょうの油味噌。
私はおなかいっぱいになるだけで、至福です。
あ〜ぁ、世の中の争いや諍い、悲惨なことは、すべてなくなればいいのに、ね。
先日の田中防衛局長を更迭のニュースを見て、夜中にすごい長い文章を書いてしまいました。
でもアップできない。こういう話題は膝を交えないと無理ですね。
内容は号外で琉球新報から出ました。
田中防衛局長を更迭 不適切発言で処分
「これから犯す前に、犯しますよと言いますか」などと、
女性への乱暴に例える発言をした田中聡沖縄防衛局長(50)の更迭を発表した。
琉球新報
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-184633-storytopic-3.html
昨日、知り合いが琉球新報はアルジャジーラ並みと言っていて、
なんか的を射ていて笑ってしまいました。
日々の生活のなかで、否応なしに耳に入ってくるニュース。
まじめに考え始めると、体に悪そうです。
でも、ずっと考えてしまうんですよね、やめようと思えば思うほど。
そして、半月もたつと忘れ去られそうなニュース。
でも、個人の人生は大きく変わるんだろうな。
「知らないことは罪だ」とおっしゃったジャーナリストの方がいました。
その時は、なるほどな、と思いました。
でも、私はそこまで急進的に考えているわけではありません。
知らないことは罪だ、ではなく、
知らないことによって人を傷つけることもあるよ、かな。
そして「知る、考える素地」がないのは個人的な理由ばかりではないと思う。
そして、オフレコって死語ですね。
記者はオフレコと言いつつ、普段の言動からチェックしているはず。
その懇談会という飲み会に記者に女性がいれば、
下品な発言も控えていたのでは(希望的観測)、とか。
どっちにしても東京で報道される沖縄の政治的側面は
男の人が主に取り仕切っているということがこのニュースからわかります。
自分のいる世界では常識なことや言動が
はたから見たら異様に威圧的に写るという典型なのだったのかもしれません。
ニュースを聞いたときから、もぞもぞ考えて、
結論は当たり前の事実に気づいただけでした。
知ることは悪いことじゃない。
判断材料が増えるだけ。
下品に言うとわかりやすいこともあるが、しっぺ返しにあうこともある。
そして、人は立場によって生育歴によって考えによって、意見がちがう。
いやいや、羅生門的世界ですね。
世界平和のために島らっきょうのおにぎり配ろうかな。
2011年09月15日
魂が新鮮(あやしいタイトルですが)
写真は、久しぶりに行った東京タワーです。
夏休みの自由研究をするために近くのお寺まで行きました。
もちろん娘のですが、親の方がはまってしまいました。
東京タワーって案外おもしろくて、いろんなイベントをやってました。
ポケモンは興味なかったけれど、お江の展示はおもしろかったです。
寂れ加減が好みでした。
結構、おどろおどろしいアングルなので、おもわずアップ。
先日、久しぶりに宮古関係の取材に。
70歳で新人コンクールで賞をいただいた方の取材。
声がふくよかで、寝そうになりました。
取材では「夢は大きく、カーネギーホール!」って笑顔。
なんだか元気をわけていただきました。
その舞台に一緒に立った19歳のオカリナのプロ奏者がいらっしゃった。
舞台の端から出てきたときは、19歳、うわ〜若いなぁ、という印象だったが、
演奏が始まったら、もう妖艶でした。
70歳と19歳が仲良く並んだフィナーレは、本当に感動的だった。
どちらもフレッシュなこと、限りなし。
先日、自分の19歳の頃の話を人にしたのですが、
一言で言うと、馬鹿なティーンエイジャーだったなぁと思うのです。
親の言うことはかけらも聞かなかったし。
後悔はありませんが、迷惑をかけた周りの人たちのことを
思うと、胃が痛い。同時に恥ずかしさで鼻血が出そうです。
数ヶ月前も宮古高校から東大にストレートで入った男の子と話した。
18か19歳ですね。素直で、いい子だった。
若いってことは、ひとつの才能のようなものだなぁと思いました。
自分が年齢を日々感じているからかもしれないけど、
あの時期、特有のオーラというのでしょうか。
間違いや失敗が、その人の糧に必ずなる。
それは何歳でも一緒かもしれないけど。
心が新鮮、というか、魂が新鮮というか、
その生き証人みたいな人たちを見れて、本当に良かった。
心が洗われるって、こういうことかもしれないないなぁ。
よっしゃ、がんばるぞ!(どこに向かってかは定かではありませんが・・・)






