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Posted by TI-DA at

2019年01月20日

宮古馬と島的感覚という背景(超個人的)0120


昨日、行き当たりばったりで、久しぶりに高円寺に行きました、四丁目カフェが少しBAR的になっていたよー。

毎日続けることの難しさを感じています。
宮国です。

FBにもあげましたが、宮古馬に関することが少しずつ整備されていきます。
実は、担当の編集さんと私の長年の友人が友だちだったこともあって、宮古馬の問題について、直接聞きたくて、ニュースが出たところからやり取りしていました。

最新記事です。方向性は建設的な方向に向かっています。
https://hbol.jp/183803?fbclid=IwAR3j4BFxCQUI7T3dTNOXQJMSM6Z5RYAIl3fOX79K4B6FGii8h22tKmQwwtw


今回は、この担当編集さんとの背景などを書きたいと思います。そして、なぜ宮古馬のことがこうも心に響いたのか、です。

偶然なのですが、その担当編集さんと私は、20代の頃、何度か飲み屋で顔をあわせていたようです。

今の住まいである大岡山に引っ越すまでの1993年あたりから2003年までの10年間、私は高円寺に住んでいて、その時友だちを通じて飲み屋で顔を合わせていたみたいです。

私は、基本的に今も一人で飲み屋に行けるほどの豪胆さはなく、その友人らといっしょにいくくらいしかなかったので、多分、友人の記憶が一番正確だと思います。

あれから25年過ぎますが、ただのアホな若者だったわたしたちは、一応、社会人となったり、親になったりとみんなそれぞれの道を歩いてきたんだな、と感慨深いです。あの頃の友人たちは、ほとんど高円寺には住んでいませんが、何かあったときはこうして助け舟を出してくれたり、信頼関係に基づいたやり取りが生まれます。今回は、すばやくその担当編集さんとつないでくれたのもその時の友人です。

島育ちの私が、あまり変えられないと思うことがこうした人付き合いに関しては多々あります。今では東京の方が長いのに、です。

分母が多い東京では、人間関係の特徴的なこじらせ方があるように思います。all or nothing的な人間関係といえばいいでしょうか。人を役割で人間関係を結ぶような感じ。私は島的に育っているので、頭ではわかっていても、なにか割り切れなさを感じます。友だちは並列で友だちのような感じでつきあっていると、前提条件がちがうのできついやり取りやこじらせたりします。

島では、自分から人を切ったり、疎遠にしたり、責め立てて断絶する発言をすることは、難しいです。トータルで見ると私もこのやり方は身に染み付いているように思います。

一度もめたりして、疎遠だったとしても訪ねてきたら「お互い忙しかったね、最近はどう?」というスタートで始めたいと思います。ですが、その時に、もめた原因を振り返って、言うことはきっちりと言うので、人によっては水に流せない性格ととられます。

なぜ、振り返るのか、なのですが、私とその人の間では時間が止まってしまっているからです。だから、わだかまりを知らんふりして抱えることが難しいのです。お互い冷静になって、話しあうことで、また再スタートがきれます。お互いに相手にしていた甘えを再確認することは悪いことではありません。

私は、こういう時、わたしの島的感覚が日本では受け入れてもらえないような気がします。寂しいことですが、ただの違いでもあるので、今は深刻に考えないようにしています。でも、このようなやり方がわたし自身も相手を疲弊させたり、私もさらに傷ついたりとすることが多いこともあるからです。

相手が嫌だと言っているのに、それでも傷つける人は、傷ついていることが多く、それをうやむやにして前に進むのは難しいと感じています。対面の表現は、ある意味、二義的で、主観と客観を同時に持つことが難しいですしね。

これは、二人でも、組織でも、国家でも同じで、傷つけられていると感じることが他者を傷つけても良いという免罪符になる人もいるということなのでしょう。そこには争いしかないのに。

わたしにとって、今の時点では、もやもやした感情のカオスをできるだけ言語化して書き、先に進むことがまるで写経のように心を落ち着ける方法です。そこからやっと心を置き去りにせず、建設的に考えることができます。

最近良く思うのですが、人間は人として成長なんて、実はあんまりしないのかも知れません。社会で生きていけるように成長を目標にしてしまうと、何かを置き去りにしてしまうことが多いのかもと思っています。寂しさや悲しさが充満している人生は、腫れ物のようになって、かさぶたすらもうまく生成できない。

思春期がずっと続くような感じでしょうか。でも、実際はその傷が深ければ、やっぱりそれなりの手当は必要なのだと思います。私見ですが、私は宮古島に素直にスピリチュアル方向で向かう女性たちがもつ「生きづらさ」は、その促成栽培のような社会にノーと言っている気がするのです。でも、それはカナリアのような女性たちだけでなく、男性も同じように「生きづらさ」を抱えるようになるという道筋があるのではないでしょうか?

島は、子どものようでも、受け入れてくれる自然があったり、出会いがあったりします。いだかれる経験をして、また人は元気に帰っていくのかもしれません。それが味わえるエアポケットのような、石灰岩でできた濾過的な島は、そういう運命であの場所に鎮座して、アニミズムが発達するのかも。

さて、話が遠くなりましたが、今回の宮古馬の件は、自分自身の島と本土の違いも浮き彫りにしたので、とても心に響く経験でした。

話を戻すと、島に住んでいる当時、私にとって宮古馬の話は、植物園にいる絶滅種という意味合いでしかなかったと思います。とても悲しい思いで見ていました。島の痕跡がこうやって消えていき、それは淘汰であるんだろうな、ということが子ども心にもすくいとれる島の心情だったからです。

島の心情、と書いてしまうと、島が擬人化しますが、私にはそのように思えることが多いです。

宮古馬に関する背景は、このサイトの記者さんがすごく良くまとめているので、シェアします。

https://umas.club/st1002


このサイトではこう書いてあります。

::::::::::抜粋:::::::::::::

宮古馬の保護に奔走している人が宮古馬にばかり目が行くのは当然だとは思いますが、そうでない人が「宮古馬」以外になぜ目を向けないのか。

種の保存の観点から特定の種を重点的に護ることはあります。

しかし他の家畜の扱いが軽んじられていいわけではありません。

::::::::::抜粋終わり:::::::::::::

「そうでない人が「宮古馬」以外になぜ目を向けないのか」と書いてあります。

ずばり言ってしまえば「余裕がないから」だと思います。上記に書いた成長という言葉と、私にはどこか相似形のようにも思えるのです。

明日はこのことについてまた書きたいと思います。
  


Posted by 宮国優子 at 15:39Comments(0)日常閑話取材関係宮古現今

2019年01月13日

宮古馬の話は続く0113



今日、朝イチで連絡があった。
宮古馬の話が一通り終わったところで、スマホを開くと、馬のニュースがあった。
いろんなニュースがあるものです。個人的には、私はスポーツも競馬も動物園も苦手。
ゴールにたどりついた馬がその場で死ぬなんて、目の前で見たら、多分、ショックで寝込みそう。

特別な動物愛護の心があるのではなく、人間と同じなので、マラソンとか見ていると苦しくなる。
知り合いが頑張って走っていたり、トライアスロンはなんとなくいいのだけど、そこに競争の要素や笑顔を作らねばならぬエンターティメントは、いろいろ考えてつらい、笑。

さて、去年の終わり頃から、宮古馬の話が出てきて、いろんな人から連絡があって、右往左往してました。

そして、一昨日前の夜にその最初の記事の編集者に会うことができました。わざわざ訪ねてきてくれました。

私が何を話したかというと、今回の宮古新報の件と一緒なのですが、表に出たことだけで判断しないでほしいということでした。もちろん、表に出たことも判断の材料ではあるけれど。それと、宮古馬は、宮古の歴史と文化において、どのような役割だったか、とか。わたしたちが「島を旅立つ君たちへ」でなぜ宮古馬を取り上げ、地図に馬場での石碑を記したか、などです。

いつも島を平穏に、と考えているわけではないです。宮古の話をすると、宮古を保護しよう!みたいな話になるのですが、私はそれは表面的だった場合、ある種迷惑だとも思うのです。

島には、いろんな歴史があって、いろんな人がいて、いろんな真理があって、わたしたちはある一部分でしか関われないのなら、他の部分に敬意を払うべきだということです。東京のものさしだけをあててはならない。

あの人が嫌いだから排除、というのは、都会ならできる。でも、地方、ましてや島はどうだろう。私はとてもむずかしいと思う。
ならば、その人たちと近づいて、真意を探って、その人たちといっしょに大きな目標を達成してほしい。小さな違いはあるかも知れないけれど、大きな違いはないと思う。人も馬もいっしょにハッピーな道があると思う。

そうしなければ、対立がヒートアップする。

さて、宮古馬といえば、思い出すのがサニツ浜カーニバル

素敵なBlogを書いてくれている女性がいました。
最近はこんな感じになっているのですね。
https://www.turbine.co.jp/miyakojima/miyakojima-blog/sanitsuhama-carnival

与那覇湾には干潮時に大きな干潟が現れます。そこを馬が走ったり、各集落出身の催しをする、というものです。馬を走らせるようになったのはいつ頃からかわかりませんが、あまたあるイベントの中でもかなり古いものだと思います。宮古まつりとおなじくらいかもしれません。

宮古島・池間島の北にあらわれる珊瑚礁群”八重干瀬・ヤエビシ”の時期でもあります。私は行ったことないですが。今は観光客イメージがついている。

物見遊山で出かける気にはならないので、きっと行くならもっと年をとって、誰かといっしょにかな、と思います。こういう時、つくづく自分はエンターティメントに興味がないなと思う。八重干瀬のサンゴ礁は生き物だと思うので、なんだか悪い気がするのですよね。実際のところはわからないので、とりあえずはさわらない。自然を観光にするには、その生体を知らなければ、壊してしまうような気がする。

旧暦3月3日の「ハマウリ」の行事の日と全県的には言われていて、私は「ハマオリ」という言葉の感じで聞いていました。水で清めるというので、ある種の祭祀行事でもあると思います。って、いうことは、女性は不浄だということかもしれません。ですが、実はそんな仏教的なイメージはなくて、豊穣な海からの贈り物を楽しむという側面が、宮古では大きい気がします。

この時期は、いわゆる「うりずん」の時期で、一番島が新しい風や太陽に包まれる時期。「新しい年」を感じさせる。私の大好きな時期のひとつでもあります。

私は子どものころ、よく父に連れて行ってもらいました。
母には、その前日くらいに、お弁当をもって、静かに海を眺めるというだけのピクニックを楽しみました。Blogの写真は、その時の写真です。

着ている服のかんじから、多分8歳くらいだと思います。場所はサッフィ近くだと思います。背景を見ているとわかると思うのですが、ゴツゴツしたサンゴ礁の岩肌が懐かしく、今では少ししか残っていません。

島の人が、島が変わってしまった、開発が多いと感じるのは、こうしたことが背景にあると思います。

サニツここで宮古馬なのですが、サニツは神事に近いのかも知れません。神が馬に乗ってやってくる、というのは、よく聞く話でもあります。ある人が言っていましたが、夢に神が馬にのって出てきて、お告げをくれたそうな。おめでたい感じだと、鹿児島にもお祭りがある。国指定の無形の民俗文化財で鈴懸馬踊り(すずかけうまおどり)が有名だと思う。歌い踊りのなかに、いろんな飾りをさせられた艶やかな馬がいる。多分、その人が言っていたイメージに近いと思う。

そして、宮古馬と宮古といえば、ある写真を思い出す。昭和のはじめ頃の皇太子(平成天皇)と宮古馬だ。乗馬のために、おとなしい宮古馬が選ばれ、乗った姿は写真に残っていて、宮古の家のあちこちで見ました。ネットでググってもその写真は出てきません。白馬だったのはよく覚えています。

右流間(うるま)、球盛(たまもり)、漲水(はりみず)という名前だったようです。平成天皇は、与那国馬の視察にも行っていますし、なんとなーく覚えているのかもしれません。

しかし、名前の付け方が、独特・・・・。でも、子どもの名前につけても悪くないな、と思います。古くて新しい。

どちらにしても、戦後、ソテツ地獄で食べつくされそうになった宮古馬のなかでは、破格に幸せな一生だったのではないかと思います。

ここは宮古馬をとりまく歴史や文化も大きく関係しているのだと思います。

こうして、馬と人間の関係を、こうしてひとつひとつを紐解くような勉強会やクラウドファンディングなどを企画していこうと思っています。乞うご期待。











  


Posted by 宮国優子 at 12:14Comments(0)日常閑話宮古現今

2019年01月11日

勧善懲悪の文脈は、島には通用しない。#宮古新報0111




実際に自分が取材していないので、詳しいことはよくわからないけど、結構驚くニュースなのだと思う。
全国紙では、琉球新報の記事を毎日新聞が引用している形になっている。


https://mainichi.jp/articles/20190111/rky/00m/040/002000c

こういうのを見ると、いつも「宮古島は日本なのか」ということに行き着いたりします。
これは、基地問題や自治権、今回の県民投票拒否とか、いろんなことに派生している気がする。

迂闊に書いてはならないけど、その感性、感覚、時代の格差たるや、一人の人間が知覚するにはありあまる。

確かに、宮古は日本だし、その法律で世の中が回っている。
でも、法律決めるのって、宮古ではないし、それは条例なんだよな。

どっちが悪いとかいうのではなくて、その格差、温度差に忘れないうちに周辺は書いておきたい。

ウルトラマン的に、怪獣倒してめでたしめでたしで終わらないのが宮古であり、離島だと思う。

実際は、日本社会でも同じだと思うけど、母数がちがう。宮古は母数がある程度、顔が見えるというところに、新聞もマスコミもある。島のマスメディアでしかない。わたしたちのこどものころは4面しかなかった、ガリ版刷りにも似た新聞だったのだ。ある意味、名ばかりでもあるけど、島の人のために尽くしてきた。

島は新聞社が乱立した時代があって、その群雄割拠ぶりはまだ変わらない。宮古島市教育委員会が作った「みやこの歴史」を読んでもらいたいくらいだ。同列に並べてはいけないと思う。

東京は、弱者の声は弱いので、身近で聞くくらいしかない。東京では、個人の小さなことが社会問題ではないという認識だと思う。

小さな声が集まって、ある程度の大きさになれば、勃発するけど、そこは落とし所がありますよ、的なレールまで敷かれていることが多いような気がする。

まぁ、こういうことを書くと、言葉に気をつけたほうがいいと言う人もいるけど、私は、そうは思わない。もっと、いろんな人に参加してもらってこそのメディアであると思う。

民意をお金をかけた、予定調和の討論会で測るのではなく、みんなが自由にネットで言えばいい。代わりにノーペナルティで。

もう数年もたてば、AIさまが集めてくれるかも知れない。それはほんとに祈りでもある。

政治的、社会的な発言をする島の人は大きくふたつに別れる(気がする)。

覚悟をもって、友だちがいなくなるかも知れないけど書くひと、話す人。

職業的な人。

その他大勢は、毎日をつつがなく過ごして、たまにちょっと政治的な社会的な何かがあって傷つくと、身近な人に言ったり、自分で咀嚼したり、っていう人が多いと思う。

私は、それが普通だと思う。そして、その方がいいと思う。

私が、それでも社会的、政治的なことを書く理由は、気づいたから。そして、あまり良くないなと思うことやなんでだろうと思うことは、知り合いに伝えたほうがいいと思うから。

それだけ、地域差による温度差はあるからだ。

情報があるとないのは全然ちがう。個人の決定が変わる。

ただ、つまらない見てもいない、信頼性のない人の言うことに右往左往するべきではない、と思う。ただの与太話に付き合う必要はないと思うので。


【松島倫明】ニュース・ポルノに浸るのはやめよ

という論考があって、私は本当にそうだと思うので、見たこと以外はSNSで書かないようにしている。疑問、という意味では書くけれど。

ステレオタイプの相手を想像して、遠慮がちに書くことは、無駄だなぁと思う。

なので、ニュースの類いに中傷と揶揄では読まない。思い入れとともに読むと、特に島関係のニュースは自分の目が歪む。

というか、もうテレビのニュースもあんまり見ていないけど。特に、芸能情報とか。世の中がいろいろそれで動いているのもわかるけど、私の人生とはあんまり関係ない。

でも、優良なコンテンツは、どんどん量産されている。それは見たい。こう考えると資本主義って、悪いものばかりじゃないし、こういう余剰も生む。

だから、信頼する人が勧めてくれるものは今の時点で必要ないかも知れないけれど、いずれ見るということもできる。

まぁ、何が言いたいかと言うと、第一報だけで判断する世の中では、宮古はまだない、ということが言いたい。一度、ミソがついたら、一生言われるみたいなのは、やっぱりなんか知性がない。実際を知らないのに無責任だし、実際に自分の大事な人がそうされたら悲しいし、私は怒りを覚える。そして、多分、行動する。

だから、その人の経験は重視するけど、肩書でどーだー、みたいな人は実生活でも避けている。

話を戻そう。

私は、嫌になって放り投げてしまったんだろうな、宮古新報の社長は、と思う。
きっと、新聞労連も驚いているんだろう。日本的に考えると、感情で会社をたたむなんてしないからだ。

その社員たちの失職の責任を、今までの新聞記者としてのキャリアをすくい上げるところはあるんだろうか?

そこまで考えて、外から関わったひとは考えているんだろうか?

こういうのが、宮古を壊すこと、でもあると思う。

壊してしまったほうがいいこともある。でも、個人の生活を壊滅させるのはちがうはずだ。新聞社に記者だけがいるのではない。販売も営業も印刷も、いろんな人がいるはずだ。その人たちはどんな思いであろうか。それとも、全員で反旗を翻しているのか。

私は、そんなオール的なことは、ないだろうと思う。生活がかかっているのだから。みんな不安のなかなんだろうと思うと、経営者の責任は大きい。そして、牽引した人たちの責任はもっと大きい。

私は、実際に自分が東京で宮古の記者をやっていて、感じたことはいっぱいあるし、宮古の世間的には書いてはいけないこともあると思っている。

労働組合は労働で対価をもらう人たちの組合だ。当たり前だけど。
でも、労働だけいう関わり合い方で仕事をしている人は、島には少ないように思う。なぜなら、東京の新聞労連の人たちが思うより、地縁で物事が動いているからだ。

熾烈な家族間の揉め事に発展しかねない、と思う。

一度SNSで、宮古の新聞社と契約について、ある人に不当に書かれたけれど、それは名誉毀損レベルだと思っている。訴えてもいいけれど、そんなことに時間をかけるのは馬鹿らしいのでやらない。憎しみに時間を使っている暇はない。

でも、いつか書くことにもなると思う。と、いうか、書いているうちにこうして出る。対決だけを求める、勧善懲悪の世界に興味はないし、今、振り返るとパワーゲームのなかにいたくないという表明でもあった。そして、私にとってはそれが島の人らしい選択であり、私の生き方でもあると思うことにしている。

誰かが苦しい思いをしているのに、余計な荷物をのせたくないという気持ちからきていた。ネガティブな、結局、SNSで馬脚をあらわすような、つまらない仲間なんていらない。私のSNS上で一度ならず、二度もあって、怒りを通り越して、島のマスコミおじさん(一部)の頭の中は、まだ数十年前と変わらないのだと思うにいたった。

こういうことを書いている時点で、なんとなくわかる人にはわかると思う。

今回のことは、取材せずに自分が経験したことを中心に書いている。警鐘を鳴らしたい。どっちが悪いとか良いとか、そんなことはもうどうでもいい。誰かが苦しまないか、という視点で、もう一度関係者が冷静に考えてほしい。

こういうことに関して、外野は無責任。パワーゲームを繰り広げるひともそう。他に誰か痛い人がいないか考えない。

同時に、セクハラに関しても、宮古の男の人の性意識の違いすらも、東京の論理で語ってはいけないと思う。パワハラも同じく。そういう時代に生きてきた人もたくさんいる。その人たちを責めるだけでは解決しない。こうしてちゃぶ台をひっくり返される。

弱い人には弱いなりの生き方や戦い方がある。私はそう思う。人頭税だって、今はない。形を変えて、こういう圧になっていると思うけど。

嫌がることをした人が悪いのは当たり前だけど、それを見過ごしてきたまわりだってそれ相当の責任はあるはず。一朝一夕ではないでしょう。パワーにパワーを使っても戦争になるだけだ。解決はしない。

もちろん、100%解決しないかもしれないけど、相互理解をあきらめてはならないと思う。肩書を持ってしか対話をしない人に、同じようなやり方でやるより、他に方法を探ったほうが良い。

大きな目的はいっしょなはずだ。誰もがより良い暮らしが宮古島にあるように、と願っているはずだから。

私は、宮古のマスコミに関わっていたし、責任があると思うので、個人としてこういうことは書いていきたいと思っています。多分、生涯、根本的な意見は変わらない。

  


Posted by 宮国優子 at 12:35Comments(0)日常閑話

2019年01月09日

宮古の銘菓・嘉手苅菓子店のレモンケーキ0109


銘菓の意味は、

めいか
【銘菓】 特別の名をつけた由緒ある菓子。

らしいので、マイ・フェイバリットくらいにしておいたほうが良いでしょうか?
宮古から戻ってきた娘2と3が、白い箱いっぱいの嘉手苅菓子店詰め合わせを持って帰ってきました。

母の友人、というか、親友というか、いや、もう姉妹とも思えるY子おばさんたちが営む嘉手苅菓子店。

おばさんは島倉千代子に似てる。と、昔から私が思っている。ほんとに素敵なひとだ。
もしかしたら、母より信頼している。
おじさんは、ジュリーニ似てるよな、と子どもの頃、思ってた。宮古的イケメンだった。
今も優しいし、かっこいい。

うちの娘2は、そこの孫と同い年。年末年始、つるんでいたらしい。
お礼もしていないや。しなきゃ。そのうえ、お菓子までもたせてくれた。

宮古にお菓子は必須。こういう生菓子の類い。

お祝いやかんにごーやお盆や、欠かせないのだ。
懐かしい味。
宮古昭和の味。

宮古に菓子店と名のつく店は多い。
昭和の頃はに乱立したんだと思う。
風習にちかいくらい、お菓子はつきものだった・

たとえば、わたしたちは、高校合格をすると、箱にパンパンにつまったロールケーキを注文し、お祝いのお返しとしてくばった。

甘い甘い、お菓子は、しあわせの味だ。

しあわせな思い出だ。しつこいようだけど、昭和的なのです。
ノスタルジーにひたるなら、嘉手苅菓子店のお菓子おすすめです。

ローカルな感じがして入りにくいかもしれませんが、宮古に友だちができたら、もっていったら喜ばれると思う。
そして、すぐに仏壇に供えられる。

検索してみたらそっけない情報だったけど、載せときます。
https://sweetsguide.jp/shop/29187

下里通りをヤコブ保育園を過ぎて、空港方向に向かって、次の信号の少し手前の右側にある。
宮古島市平良下里748



戦後、小麦粉のほうが容易に手に入りやすかったからだろうか、宮古の人は小麦粉ものが好きだ。
天ぷらというなのフリッターもそう。

宮古 てんぷら で検索すると約 60,300 件 出てきた。

茶色い袋にさかなてんぷらを外では買うが、家では案外、残り物の野菜とか使う。
そしてソースで食べる。醤油ではない!

宮古島観光協会青年部が発信する宮古島ローカルな情報サイトがありました。
5分くらいにしっかり作り方がわかります。
美味しそう・・・・・。

っていうか、このこうじさんは、ひとつうえのJAPANさん(あだ名)だ。
すごいなぁ。観光協会って意外とあなどれない面白いネタ元な気がします。

https://www.miyako-guide.org/okinawa-tempura/



   


Posted by 宮国優子 at 21:49Comments(0)日常閑話

2019年01月08日

恥を知れ、なんて、悲しくて言えない0108



友人が高校の時から着てるジャージ。私と同世代の友人です。
私、こういうのに愛を感じるたちです。
なんか、良いやつだなぁとつくづく思う。


さて、宮古島が初になりました。
何がって?
桜です。

「宮古島でヒカンザクラ開花 今季初さくらの便り」

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190107-00010002-wmap-soci




Yahooニュースに地味に出てました。
昨日のお話です。

宮古はクル!と言い続けて、17年。
ほんとに流行るかも。

いや、実はもうキテいるのかも。いろんな意味で。スポットライトが良くも悪くもあたる。

宮古島辺野古投票不参加のことが、県紙で、宮古島どーいうーことだ!みたいな論調が続きますが、私ははてどういうことだろうと思うのです。

憲法違反まで持ち出されてましたね。
https://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/368131

木村草太氏が緊急寄稿 「県民投票不参加は憲法違反」
2019年1月7日 06:44
 沖縄県名護市辺野古の新基地建設是非を問う県民投票について、下地敏彦宮古島市長が不参加を改めて表明するなど、県が全41市町村の参加を呼び掛ける一方、実施する方針の市町村は現時点で35にとどまる。県民投票の事務処理拒否は、憲法上も問題があると指摘する木村草太首都大学東京教授が本紙に寄稿した。


まぁ、そうなのかもしれない。
でも、そんなに仰々しいものなの?

そして、憲法違反だったら、どうなるんだろう。

今まで解釈の範囲で、ずっと憲法違反してきたような国、県ではないかと思うのですが。
それなのに、一番端っこの自治体には、堂々と論戦をはるんだなぁ。
なぜ県民投票が必要になったかは、宮古島市が考えることではなく、まずは日本が考えることなのに。
そして、沖縄県は「宮古島がなぜ反対なのか」を考えてみる良い機会かもしれない。


憲法違反でググると、面白いように、わたしたちが憲法についての曖昧な解釈を感じる。
憲法違反って、いっぱいあるんだな、日本。

結局、小さなところは、大きなところにあわせなきゃいけないのだろうか?
県のなかで、マイノリティは離島。
その離島が、一応、議員決議をして決めたこと。それも二度。

それは県には認めてもらえないものか。
県が国に認めてもらえないように。

この入れ子っぷりに、私はたまに辟易するのです。
島は島の論理があるし、急かしてもいいことない。

何度も書くのですが、なぜ、宮古島市がそういう傾きになるか、県で考えてもいいんじゃないかと思うんですよ。
私は、なんとなくここにいじめの構造に似たものを感じる。

SNSで、宮古島市、恥を知れ!と書いてある文言を見ると、うんざりするんです。
理解する気なんてないんだよね、多分。
現実社会が嫌になる、笑。

いろんな意見があっていい。
私の友人は、私がどんな意見でも恥を知れ、とか言わないぞ。
それは、島の友だちでも、東京の友だちでもいっしょだ。

私は、その友人たちに「恥を知れ」と言われたら、きっと初めて考えるのかもしれない。
「何があなたの恥ですか?そして、何が私の恥ですか?」と聞いてしまうのかもしれない。

わたしの友人は、あーいうジャージを着る人もいれば、そうじゃない人もいる。
でも、友だちは友だちなんだと思う。
心のなかは見えないけど、その人の人となりはいろんなとこに出る。

かっこつけてないけど、かっこいいのが好きなんだと思う。
その人がその人らしければいいのだ。

超、ワタシ的に。

なので、SNSの良いところも悪いところも、できるだけ受け止めたいと思うけど、さすがに今日は辟易しました。

さぁ、さて、今日は、あわただしく、仕事をしていました。

なんや、かんやと失敗をしてしまう。
が、なんとか、危機一髪を繰り返して、今、店におります。

ふぇーー、疲れた。

でも、死んでない。生きているだけでいいか、笑。
そういうシンプルさで生きていきたい。
それが島の暮らしだったように思う。

恥を知れ、なんて、悲しくて言えない。  


Posted by 宮国優子 at 22:33Comments(0)日常閑話

2019年01月04日

あんたがわかるさ問題190104





さて、ラスト。宮古三大マジックワードのひとつ。(勝手に命名)
「あんたがわかるさ」について書きます。

この言葉は誤解を生む言葉でもあります。
私は、標準語はそこそこ上手になりましたが、それでも、なぜその言葉がトラブル生むのかわかりませんでした。

「あんたがわかるさ」

この言葉を宮古の人はよく使います。
言葉通りなのです。

これも何度も書いているので、自分の記事から抜粋します。
https://miyako3892.ti-da.net/e9296248.html


~~~~~~~~抜粋ここから~~~~~~~~

宮古の人は、悩ましい問題を相談されたら答えとして「あんたがわかるさ」と言います。これは、お前が考えろ、お前の自己責任だ、ということではありません。そんな冷たい言葉ではないのです。

「あなたが決めなさい」ということです。そして、それは、聞いてしまったから、私たちはこのような深い話を共有したのだから、最後までいっしょにあなたが決めたことを、ともにまっとうしましょう、ということです。

宮古の人のメンタリティは、言葉に現れます。ですが、言葉だけでは伝わるとは思えません。ともに時間を過ごせば、徐々にわかってくるのだと思います。それは、決して、いい人だと言うことではありません。

時には、弱く、ずる賢く、立ち回らなければ、人間は生きていけない、ということを実生活で深く知っているというだけのことです。だからこそ、打ち明けてくれたひとには心を砕いて、ともに添おうとする心が働くのです。たとえ、それが人にそしられることでも、相手に添うのです。今回の絵にあるように、まるで一対一の恋愛の対話のように、同じ人間になれなくても、心を添わせるのです。

~~~~~~~~抜粋ここまで~~~~~~~~


まぁ、これに書き加えることがあるとしたら、今回の絵と内容はこのURLで御覧ください。
前回の市長選のときのこと、SNSがもめるので、ブログに書いたんだっけ・・・。
https://miyako3892.ti-da.net/e9296248.html

あとは、イントネーションくらいでしょうか。
ただ頷くように「あんたがわかるさー」と言うのです。

最近、思うのです。私は普段、日本語を話しているけれど、実は、あんまり真意が通じてないな、と。日本語が下手か、とも思うのですが、前提条件がちがうんじゃないか疑惑を勝手に想像してます。

はっきりと口に出して解決することは、争いの種になるとは思っていません。
なぜなら、島は逃げ出せない環境にあるので、(多分、日本の村も同じかも)できるだけ言葉にして、解決します。ずっと貧しかったであろう島の暮らしは、その解決能力の部分をその時代によって発達させるのかもしれません。

これを本土の人が真似すると、痛い目にも合うような気がします。なぜなら、共有している世界がちがうので、言葉の意味が少しずれます。

笹森儀助が「南島探検」で書いた「剽悍の気風」はまさに島のローカルルールが前提だからです。ズバズバ言っているようなひとも、よく聞いてみると、意外と繊細な言葉遣いをしています。

それから、宮古の人と話していて、早いと思うのは、優先順位の付け方です。
余裕があることに対しては、意外と悠長ですが、そうじゃないことに関しては即断即決に見えます。

基本的に何事にもかかわらないという選択はしにくい島ぐらし。
相手が口火を切ったことに関しては、かかわらざるをえないものなのです。
良きも悪しきも、ですね。


今日、朝、作家の頭木弘樹さんのツイートを見て、そのラジオ番組を聴きながら、仕事をしていました。


それで、わたしたちはこんなやり取りをしました。


頭木弘樹 今月新刊『NHKラジオ深夜便 絶望名言』 来月新刊『絶望書店 夢をあきらめた9人が…』@kafka_kashiragi
【ようやく、聴き逃し配信が始まりました!】
NHK「#ラジオ深夜便」
『#絶望名言 #向田邦子』です。
こちらでお聴きいただけます。
https://www.nhk.or.jp/radio/player/ondemand.html?p=0324_07_22504
1月10日(木) 午後6:00配信終了です。
お正月といえば向田邦子ドラマという時代がありました。
よろしかったらお聴きください


宮国優子@3892yuko
頭木さんとはじめて会った時のことを思い出す。頭木さんが食べられるか食べられないのか、気にならなかった。自分が食べたいかどうかしか興味がない。だから相手の食事やペースにまったく頓着していないのかも。あ、宮古島の話、してる。14分くらいのとこ。

頭木弘樹 今月新刊『NHKラジオ深夜便 絶望名言』 来月新刊『絶望書店 夢をあきらめた9人が…』@kafka_kashiragi
そうです!宮国さんとお会いしたときのことです。勝手にしゃべってすみません。あのとき、ひそかに感激していたのですよ

宮国優子@3892yuko
何回かお書きになっていて、これは私のことなんだろうなぁと思っていました。私はいつも自分が精一杯ギリギリなので、何も気づかないというのもあります。人の食、性、金に関して、相手が表現しない限りなにか言うのは越権行為に思えるという歪んだ深層心理を自分で感じてます、笑。


頭木弘樹 今月新刊『NHKラジオ深夜便 絶望名言』 来月新刊『絶望書店 夢をあきらめた9人が…』@kafka_kashiragi
いやいや、「歪んだ深層心理」ではなく、素晴らしいことだと思います


という、やり取りでした。頭木さん、フォローありがとうございました、笑。

わたしにとって、「あんたがわかるさー」は、こうして相手が何をしていようが見て見ぬふりではなく、まるごとそんな人もいる、と思えることです。なので、ある意味、その人の行動に興味もないのです。口にあわないのかなとか余計な心配はしない。
頭木さんがご飯を残していたとしても、自分が痛かったり痒かったりしたら別ですけど、私は痛くも痒くもないし。

実は、日本的に言うと、かなりドライなのかなとも思うのです。
「思いやり」とか、「察する」とか、私にはテレパシーとしか思えない。
勝手に私が決めて良いものじゃない。

ただ、あなたはどう思っているのか?と聞くこと自体が、実は日本的にはタブーと言うか、相手を責めるように聞こえるってこともあるらしい。
私は聞かずに察しられた方が嫌なのだけど。それ間違いかもしれないじゃん、笑。

答えるっていうことは、責任が生じるってことでもありますね。

私は、相手がはっきりと答えず、その「漠然とした心配」みたいなのをさせられると、ストレスがMAXになりやすい・・・・ということもわかってきました。


まぁ、こういうとこが、意外と「あんたがわかるさ」表現としては難しいんじゃないかと思っています。実は、こういう言葉の使い方がネイティブ宮古と移住者や観光客のあいだで、溝になっているんじゃないかと思うのです。

島はフリーライダー(タダ乗り)は難しいですから。
何事にも責任を求められる島の暮らしは、都会の人からは分かりづらいメンタリティに仕上がっているように思います。


おぉ、ギリギリ4日目、なんとかなりました。  


Posted by 宮国優子 at 23:17Comments(0)日常閑話

2019年01月04日

あんたがわかるさ問題190104





さて、ラスト。宮古三大マジックワードのひとつ。(勝手に命名)
「あんたがわかるさ」について書きます。

この言葉は誤解を生む言葉でもあります。
私は、標準語はそこそこ上手になりましたが、それでも、なぜその言葉がトラブル生むのかわかりませんでした。

「あんたがわかるさ」

この言葉を宮古の人はよく使います。
言葉通りなのです。

これも何度も書いているので、自分の記事から抜粋します。
https://miyako3892.ti-da.net/e9296248.html


~~~~~~~~抜粋ここから~~~~~~~~

宮古の人は、悩ましい問題を相談されたら答えとして「あんたがわかるさ」と言います。これは、お前が考えろ、お前の自己責任だ、ということではありません。そんな冷たい言葉ではないのです。

「あなたが決めなさい」ということです。そして、それは、聞いてしまったから、私たちはこのような深い話を共有したのだから、最後までいっしょにあなたが決めたことを、ともにまっとうしましょう、ということです。

宮古の人のメンタリティは、言葉に現れます。ですが、言葉だけでは伝わるとは思えません。ともに時間を過ごせば、徐々にわかってくるのだと思います。それは、決して、いい人だと言うことではありません。

時には、弱く、ずる賢く、立ち回らなければ、人間は生きていけない、ということを実生活で深く知っているというだけのことです。だからこそ、打ち明けてくれたひとには心を砕いて、ともに添おうとする心が働くのです。たとえ、それが人にそしられることでも、相手に添うのです。今回の絵にあるように、まるで一対一の恋愛の対話のように、同じ人間になれなくても、心を添わせるのです。

~~~~~~~~抜粋ここまで~~~~~~~~


まぁ、これに書き加えることがあるとしたら、今回の絵と内容はこのURLで御覧ください。
前回の市長選のときのこと、SNSがもめるので、ブログに書いたんだっけ・・・。
https://miyako3892.ti-da.net/e9296248.html

あとは、イントネーションくらいでしょうか。
ただ頷くように「あんたがわかるさー」と言うのです。

最近、思うのです。私は普段、日本語を話しているけれど、実は、あんまり真意が通じてないな、と。日本語が下手か、とも思うのですが、前提条件がちがうんじゃないか疑惑を勝手に想像してます。

はっきりと口に出して解決することは、争いの種になるとは思っていません。
なぜなら、島は逃げ出せない環境にあるので、(多分、日本の村も同じかも)できるだけ言葉にして、解決します。ずっと貧しかったであろう島の暮らしは、その解決能力の部分をその時代によって発達させるのかもしれません。

これを本土の人が真似すると、痛い目にも合うような気がします。なぜなら、共有している世界がちがうので、言葉の意味が少しずれます。

笹森儀助が「南島探検」で書いた「剽悍の気風」はまさに島のローカルルールが前提だからです。ズバズバ言っているようなひとも、よく聞いてみると、意外と繊細な言葉遣いをしています。

それから、宮古の人と話していて、早いと思うのは、優先順位の付け方です。
余裕があることに対しては、意外と悠長ですが、そうじゃないことに関しては即断即決に見えます。

基本的に何事にもかかわらないという選択はしにくい島ぐらし。
相手が口火を切ったことに関しては、かかわらざるをえないものなのです。
良きも悪しきも、ですね。


今日、朝、作家の頭木弘樹さんのツイートを見て、そのラジオ番組を聴きながら、仕事をしていました。


それで、わたしたちはこんなやり取りをしました。


頭木弘樹 今月新刊『NHKラジオ深夜便 絶望名言』 来月新刊『絶望書店 夢をあきらめた9人が…』@kafka_kashiragi
【ようやく、聴き逃し配信が始まりました!】
NHK「#ラジオ深夜便」
『#絶望名言 #向田邦子』です。
こちらでお聴きいただけます。
https://www.nhk.or.jp/radio/player/ondemand.html?p=0324_07_22504
1月10日(木) 午後6:00配信終了です。
お正月といえば向田邦子ドラマという時代がありました。
よろしかったらお聴きください


宮国優子@3892yuko
頭木さんとはじめて会った時のことを思い出す。頭木さんが食べられるか食べられないのか、気にならなかった。自分が食べたいかどうかしか興味がない。だから相手の食事やペースにまったく頓着していないのかも。あ、宮古島の話、してる。14分くらいのとこ。

頭木弘樹 今月新刊『NHKラジオ深夜便 絶望名言』 来月新刊『絶望書店 夢をあきらめた9人が…』@kafka_kashiragi
そうです!宮国さんとお会いしたときのことです。勝手にしゃべってすみません。あのとき、ひそかに感激していたのですよ

宮国優子@3892yuko
何回かお書きになっていて、これは私のことなんだろうなぁと思っていました。私はいつも自分が精一杯ギリギリなので、何も気づかないというのもあります。人の食、性、金に関して、相手が表現しない限りなにか言うのは越権行為に思えるという歪んだ深層心理を自分で感じてます、笑。


頭木弘樹 今月新刊『NHKラジオ深夜便 絶望名言』 来月新刊『絶望書店 夢をあきらめた9人が…』@kafka_kashiragi
いやいや、「歪んだ深層心理」ではなく、素晴らしいことだと思います


という、やり取りでした。頭木さん、フォローありがとうございました、笑。

わたしにとって、「あんたがわかるさー」は、こうして相手が何をしていようが見て見ぬふりではなく、まるごとそんな人もいる、と思えることです。なので、ある意味、その人の行動に興味もないのです。口にあわないのかなとか余計な心配はしない。
頭木さんがご飯を残していたとしても、自分が痛かったり痒かったりしたら別ですけど、私は痛くも痒くもないし。

実は、日本的に言うと、かなりドライなのかなとも思うのです。
「思いやり」とか、「察する」とか、私にはテレパシーとしか思えない。
勝手に私が決めて良いものじゃない。

ただ、あなたはどう思っているのか?と聞くこと自体が、実は日本的にはタブーと言うか、相手を責めるように聞こえるってこともあるらしい。
私は聞かずに察しられた方が嫌なのだけど。それ間違いかもしれないじゃん、笑。

答えるっていうことは、責任が生じるってことでもありますね。

私は、相手がはっきりと答えず、その「漠然とした心配」みたいなのをさせられると、ストレスがMAXになりやすい・・・・ということもわかってきました。


まぁ、こういうとこが、意外と「あんたがわかるさ」表現としては難しいんじゃないかと思っています。実は、こういう言葉の使い方がネイティブ宮古と移住者や観光客のあいだで、溝になっているんじゃないかと思うのです。

島はフリーライダー(タダ乗り)は難しいですから。
何事にも責任を求められる島の暮らしは、都会の人からは分かりづらいメンタリティに仕上がっているように思います。


おぉ、ギリギリ4日目、なんとかなりました。  

Posted by 宮国優子 at 23:16Comments(0)日常閑話

2018年03月20日

20180318 日誌 ゆるいミーティングは畑を耕すのと同じ。 



三日坊主になりそうだった、ほんと。おかげさまで、じわじわとランクが上がってきました。数日でもこうなのだから、毎日きちんとやっている人はすごい。
でも、これは日誌なので、ほんとにアホみたいなことを書き連ねてます、すみません。近況報告に近いです。

昨日は、午前中に自分の仕事を終えて、ATALASのweb担当をしてくれているMさんに会いにいった。遠くに住んでいるので、上野で待ち合わせをしました。
上野ってなんどかところどころ、近未来都市というか、地底都市というかモグラになった気分になる。





さて、まぁ、何が書きたいかというと、昔より私たちはネットで仕事ができると思う。

でも、やっぱり会わなきゃいけない時もある。

彼女は、ワードプレスとかじゃなくて、自分でコードを書いて、ATALASのHPをしあげてくれた。ATALASは社団法人としては、一旦閉じようと思うので、その改訂などもろもろのお願いをした。

最後に写真を撮った。写真って、素晴らしい記録!


活動のテーマが変わることは何もない。逆に東京在住の宮古島出身の若者たちが手伝ってくれることになった。ここに宮古研究会が入って、連携をする。

その宮古出身の若者の中心人物のT君も、夜にたずねてきてくれたので、話がどんどん転がっていきそうだ。あとはスケジュールを動かすのみですね。


組織というより、プロジェクト単位で動いていく。それは、とても身軽で、合理的なように思う。無駄なパワーゲームがないことは、私にとって心の負担が軽い。

彼女は、勉強会のメンバーで知り合ったんだっけ・・・・もう昔すぎてわからない。新しい他のメンバーと反りが合わないこともなくもなかったが、私はそれでいいと思った。

みんながみんな、同じじゃなくちゃいけないなんて無い。譲れない部分を譲ったり、個性をつぶしてまで、組織に合わせるように強いるのは、趣味じゃない。心根の部分が同じであれば良くて、問題が起きたら都度調整でいい。

私たちがやっているのは、ある種の小さな社会実験であって、実業とはまだ遠い。目標は、サスティナビリティなので、組織的メンタルしか無いと通過儀礼のようにモメる。というか、モメた。人の価値観はそれぞれだから。

私は、それをマネジメントしようとも思わないし、もう大人なので、それこそ相手に失礼かと思う。日本でマネジメントというと、なぜあんなに父性や母性が全面に押し出すんだろう。みんな、子どもじゃあるまいし。会社は学校じゃない。というか、義務教育じゃないじゃん、そう、義務じゃない。

まぁ、いいや。

イベント屋でも出版社でもない私たちが、試行錯誤して、いろいろ輪は広がった。まだ十分でないかもしれないけれど、その分野は耕した感はある。

プロジェクト内も外もモメたし、私はその数年で、十年位老けた気がする。今も、更けは続行中です。でも、おばさんになるってなんて楽しいんだ。

そして、関わってくれた人の矜持もたくさん見れた。感動することもたくさんあった。

基本的に出入り自由。なので、入るのもやめるのも、その人次第だ。活動をしないからといって、縁が切れることはないし。

私は、特別な人達と仕事がしたいわけじゃない。志をともにしている人たちといっしょに仕事がしたい。良いアイデアがある人に自分も学んで、参加させてもらいたい。いつでも声をかけてください。

それは組織とは呼ばないかもしれないけれど、有機体だという認識で、これからも続けたいと思う。

まぁ、総括すると、正直、モメた。でも、それで良かったと今は思う。

そして、信頼ってなんて難しいんだろうと思う。信用を失うのは簡単だけど、信頼は結構持続性があるように思う。

自慢じゃないけど、笑、私は、人のいいところ探しが上手だ。

インタビューの仕事が多かったせいもあるけれど、人を描写する時、悪いところにフォーカスすると記事の仕上がりが遅くなるせいもある。悪いところなんて会って当たり前だし、そもそも良いところは悪いところと表裏一体だ。

基本的に外に向かう悪意がなければ、私はすべて良しとしている。

優越感が見え隠れしたときは。気をつけようと思う。自分でも相手でも。それは、その人に気をつけようではなく、そこに集中してはならないという意味で。

なぜなら、それは事実かどうかわからない。私が感じているだけだからだ。言質をとっても意味がない。

まぁ、どっちにしても、完璧な人はいないし、いたら気持ち悪い。

人は少し凸凹くらいがいい。そして、人間的な可愛い小狡さや小さな見栄があると楽しい。狡猾になると、怖いけど。


さて、ひとつくらいは、役に立つことを!いや、役にたつかな・・・(不安でいっぱいになってきた)

私は、人見知りで(指はお喋りです)インタビューや取材が苦手だったので、たくさん本を読んだ。文章系も。今、ネット上で探せるものを列挙します。
そのなかで、わかりやすかったのは、以下の本。いまだ読み続けています。

その前に、収益化を狙う場合、ヨメレバを導入したら良いらしいということがわかってきました(今頃か!)とりいそぎ、ここはアマゾンの連絡待ちなので、ただの紹介のみで。
https://yomereba.com/


多分ベストセラーだと思う。


インタビュー術! (講談社現代新書)


すっごい昔に読んだ。文章読本。


話題の人ですね、上坂さん。書き方については、この本が面白かった。基本的に私と同じ仕組みで書いている。でも、全然ちがうところもある。それは、彼が理性的な所、笑。



FB友だちの藤井さん(そんなに交流があるわけではないですが、熱心に沖縄の取材をなさっているなぁといつも思う)の本があることを知った。キンドルのアンリミテッドで読めるので、いいかも。
  
タグ :ATALAS組織


Posted by 宮国優子 at 14:47Comments(0)日常閑話

2018年03月18日

20180317  日誌 ブログメンテとITリテラシーについて



私は、パソコンを使いこなすことも大事だと思う。本当に便利ですから。
それは、この写真のように、ネットという海に対して、かなり自由だと思うから。
本当にこの時代に生まれてきてよかったと思う。

自分の知りたいことはだいたいアクセスできる。
でも、リテラシーがないと、いいカモだというのも事実。
海の中には危険生物いるからね。

ネットはこんなに便利なのに、というか、アプリがめちゃくちゃ便利だと思う。
そのことについて、私はnoteに書いている。
これもネット上での私の実験です。

子どもが三人いて、仕事をするために

目指すは、コンピューターおばあちゃん。
私の無駄な情報量は、信頼できる人の情報とアプリ様のおかげ。


昨日ははブログに広告を出すことをしてみた。
てぃーだのページがあるけれど、私はチンプンカンプンでありました。



http://faq.ti-da.net/c22217.html


そこで、ちょっといろいろネット調査をしてみて、自分ができるところまでやってみた。
多分、スマホの人もパソコンの人も、私が雪塩と化粧品の広告を入れたことがわかると思う。

雪塩はあたりまえだけど、なぜに化粧品と思ったのだと思いますが、この化粧品は宮古のビデンスピローサを使った商品なのです。ちょっと感動した。

広告はまぁ、ぴったりしたのがいいのだろうけれど、とりあえず自力でできるところから探した。
A8ネットから「宮古島」を検索しました。プログラムも書けない私でもできるので、基礎知識のある人はすぐに出来ると思う。



https://www.a8.net/


誰か買ってくれると、私が数%もらえるらしい。
まぁ、宮古島のものだから、私はイチオシしたい。
そして、自分たちの活動の足しにしたい。

活動を、アナログとデジタルの融合でやっていくことが、これから10年、20年と意味があると思うのだ。もっともっとAIは進むはずだから。

この数年でものすごく変わった。


ここからは、育児話です。


そして、私はデジタル関係はじゃんじゃか子どもに与えている。

理由はリテラシーを学んでほしいから。

まだ、ネットが雑多なうちに、見る目を養ってほしいから。


多分だけど、昔に比べたら、ネズミ講や押し売り、宗教勧誘みたいなことが、知らず知らずのうちにネットに織り込まれている。気づかないまま、いいカモになる若者は多いと思う。


私は、ほとんど毎日、喫茶店にいて、勝手にパトロールをしているので、そこでハンコを押しそうになっている東工大生や、危なすぎる儲け話、美人局だろうなーをチラチラ聞く。

ほんと、超グレー。


ネットで信頼して、その先でグレーにもっと騙される。免疫がないって怖い。

まぁ、それはそれとして、まともな人ときちんと繋がることができればいいのだ。裏表なく。


そういう意味では、ネットの世界は子どもたちが社会に出る頃には様変わりしていると思う。それまでに痛い思いをできるのも、いっしょに住んでいる時だけだ。免疫がなかったり、生きるリテラシー&ネットリテラシーがなかったりすると、親から離れた時点で簡単にハンコを押してしまう。

ってわけで、これから先は、よっぽどじゃないと、ネットにはさわらないという生き方はできない。それも自然に誘導されることがネット上はあるってことを親子ともども心しておかないといけないと思います、はい。  


Posted by 宮国優子 at 16:30Comments(0)日常閑話

2018年03月17日

ネットでものを書くこと




タイトル通りなんですが、私は、非常に言いたいことがいっぱいある人で、言わないと気がすまない性質だと思う。難儀。写真は、書いてるときを表してみました。そう、見えないのよっ!フリー画像を拾ってくるくらい言いたい、笑。

どうしても、ティーダの管理画面の字の小ささが結構つらくて、ブログを放置していた。でも、ちゃんとやりたい、って言う気持ちはいつもあるのにもかかわらず!


今年こそは、もうちょっとまともにネットを使いこなしたい。これはもう日記レベルでもいいんで、できるだけちゃんと。

いや、それにしてもさぁ。もしかしたら、直接この小さな字を打ってるのが、私の間違いなんじゃないだろうか、という気がしてきた。


そう思って、今、パソコンのmacのテキストアプリに書き込んでいる。これ、悪くない。これなら毎日書ける。そして、ティーダは、スマホの方がユーザビリティがいい。いろいろ試してみよう。




私は、お勉強が苦手なので、体当たりで何事も学んできた。やったことない仕事にもすぐに手をあげた。基本的にそこに「書くこと」「作ること」が含まれている場合に限ってだけど。

普通に仕事しているよりめんどくさいかもしれないけど、どうもこういう性分なんだと思う。

フリーランスの仕事は、いろいろ呼ばれて、説明させられたあげく、仕事を依頼されなかったっていうのもたくさんある。普通の会社なら、それでもお給料は出るけど、フリーランスは出ない。あたりまえだ。

でも、経営者の頭がいいというか、きちんとしているところは、搾取しない方向なので、そういう人には感動する。担当者も人間的に良ように思う。社風ってあるかも。


そして、ブログはお金を生むわけでもなんでもない。私のように「宮古島有名人」のカテゴリーで、少しだけ名誉がもらえる。私は名誉はいらんと思っているので、ブログでお金が発生するのはいかがなものかと思っていた。

でも、知り合いにはすすめていた。テーマのある人には特に。その蓄積は、素晴らしいと思うからだ。世の中のためになる。

さてさて、その私が、やっぱりブログでどれだけお金が稼げるかやってみようと思い立った。何度か様子を見ていたけど、なんというか、あまりにも魑魅魍魎な世界なのと、本当に時間がなかったから、とりあえずほうっておいた。

でも、チロチロと炎は燃えているわけで、ネット上で勝手にトライアンドエラーを繰り返してみた。そして、とりあえずここを母艦にしていろんな意味でログっておくのはいいかもしれないと思いついた。

noteで書き始めた理由は、これからのネットを使ったコミュニケーションの場として、先を行っているなと思ったからでもある。文章というか、表現が好きって言う人がメディアミックスがしやすいように思う。

他にも、いろいろ考えた。個人事業者や女性は特にカモられないためにも、教えてもらうって姿勢を改めたほうがいいかもしれない。セミナーにウン百万も払っているひといっぱいいるよな・・・。

私は、このしつこい性質を逆手にとって、いろいろ書いていこうと思う。誰かの役に立つようなもの。仮想空間、ネットとは言えども、どう使うかって、大事よね。自分たちが利用するものなんだから、良くしていこうと思いたい。あぁ、文章がすでに長い、長すぎる。続きは明日書きます。


おぉ、その前に、ひとつくらい役に立つことを!

とても良いアフェリエイトの記事があったので、貼り付けておきます。研究心ってすごい。私はてぃーだのブログなので、あてはまらないのだけど、これは読む価値があるし、お金が発生する(かもしれない)メディアのつくりかたは、初心者にはとてもわかりやすい。



明日は、その続きを書いて行きますねー。
  


Posted by 宮国優子 at 17:17Comments(0)日常閑話

2018年01月09日

今日もグダグダと女子世界





道具って大事です。書きやすいといくらでも書けます、はい。ずっとピアノを引いている感じに近い。
人に会うと、書くことがいっぱいある。

書きながら、どんな時もちらりと宮古を混ぜてます。


【INSPIRE】noteで見つける、職人的書き手。特に若手女子は興味深い。
https://note.mu/3892yuko/n/n976f43b2c21e


  


Posted by 宮国優子 at 12:23Comments(0)日常閑話執筆一覧

2016年07月27日

備忘録として 新城, 郁夫 沖縄文学論の(不)可能性 : 「沖縄文学フォーラム 一 九九六」批判



夏ですね、夏は西瓜。なんだか写真の食べ散らかしが祭りのあとのようで、胸にせまる。
ずっと夏だったらいいのに。

さて、夏といえば宮古(勝手に断言)。

宮古にいると、映画や小説を生きてるみたいだ、と思うことがある。
それは、どこもかしこもじっとりとしていて、どこか物悲しく目に映るからだろうか。
かと思えば脳天を突き抜ける青い空や蒼い海。
いったいぜんたい、どうしろって言うんだ!と、中二病の私はいつも狂おしくなる。
愛さずにはいられない、憎まずにはいられない、濃蜜な人間関係もふくめ。

物語のなかを生きているような、そんな感じすらする。宮古にいたら、悲しくて神経がすり減るように感じることすらあるのです。

沖縄の文学という視点がわたしのなかでは定まらないので、できるだけ読まないようにしている。
つまらない作品だと(すいません)、数日ほうけるから。残念過ぎて悲しいから。

世界各国に移民文学というものがあるけれど、私は画家でも、作家でも、何か浮浪している様子に心奪われます。

特に、文章は、たくさんのひとのための物語でもなくていい、と思う。
一人のために書く物語こそに、私は心打たれることもある。
手紙のようなもの。そこには、いろんな気持ちがつまっていて、作品としては未完成でたどたどしくて、ブレーキがきかない感情が吐露されている。

私は、その生々しい感情や、ただの日常かもしれないと思う物語が好き。
でもそういう作家さんは自殺とかしていて、なんだか、あぁ惜しいといつも思う。

さて、別のことを検索していたら、心情郁夫さんの論文が出てきた。興味深いな、と思う。
ネットでは読みこなせそうにないので、プリントアウトしよう。

http://ir.lib.u-ryukyu.ac.jp:8080/bitstream/123456789/2398/1/No11p49-78.pdf


明日は、私の大好きな宮古の作家、荷川取雅樹さんのことを書きます。
彼のことを「ゆるさ」と表現した新聞記事があるのですが、作品を読めば、根底に何か離島の根源的なやるせなさを感じる。映画的だ。  


Posted by 宮国優子 at 16:56Comments(0)日常閑話

2016年06月09日

ブログを続けるということ




えー数日、きちんとブログをあげております。
宮古メディア王になるつもりで(嘘)。

えっとですね。
私はこのブログをはじめたきっかけは、てぃーだブログでお仕事をさせていただいたことで、
宮古島ブログの有名人カテゴリーという鼻血ブーな展開になりまして。

でも、そうですよ、そう。
たまにしか、あげてなかったのです。
そして、改心しました。

今日、見たら、カテゴリーの中で、4位になっておりました。
わたし、がんばる!目がキラキラ。

有名人ブログでは、チャートがわからないので、なんともですが、


なんと、今見たら、現在のブログランキングで4位になってました。
どーいう計算だ!




まぁ、いいや。とりあえずアップです、アップ。
なぜかって、いやーメディア王だから、笑。
嘘です。でも、ホントです。

ほんとは多言語が一番したいのです。
宮古の発信者をどんどん作っていきたい。

そして、応援してくれている人たちがいるんですよ。
頑張らないとな、と思うのです!

今日は、なんと、餃子を作っていただきました。




今日の夕飯はもちろん、餃子です!わーい。
ありがとう、村下さん。  

Posted by 宮国優子 at 17:34Comments(1)日常閑話博客管理

2016年06月08日

「ラブレターかよ、まず!」梅崎晴光さん


https://www.churashima.net/keiba/

「ラブレターかよ、まず!」という宮古ふつでのツッコミも含め。

突然ですが、私は梅崎さんが個人的に大好きです。なんというか、人の心があるから。そして、並外れた情熱。その梅崎さんの講演があります。鼻息荒く、私も行ってこようと思います。

梅崎晴光さんの「琉球競馬の実相と歴史」

法政大学で、今週の金曜日の10日 午後3時10分~4時40分に講座が行われます。
場所は、法政大学市ヶ谷キャンパス 外濠校舎6階 さったホール
〒102-8160 東京都千代田区富士見2-17-1

これが一番わかりやすい地図です。
https://www.hosei.ac.jp/fujimi/okiken/annai/annai.html




2016年度 法政大学沖縄文化研究所 総合講座「沖縄を考える」の一環です。
https://www.hosei.ac.jp/fujimi/okiken/sougoukouza/2016sougou.pdf

大学生といっしょに授業を受けることになります。ですが、大講堂なので、普通の講演会と変わりません。ハードルが高いと思われる方もいるかもしれませんが、道路からちょろっとはいれば、その法政のビルディングに薩埵(さった)ホールがありますので、全然、入りやすいです。私にとっては、歯医者より敷居が低いくらいです。下にコンビニもあって、笑。

繰り返しますが、私は梅崎さんを勝手に慕っています。

先にも書きましたが、なんというか、人の心があるから。そして、並外れた情熱。

みんな気づいているか、気づいていないのか、わかりませんが、本当にホンワカしているんです、普段は。でも、違う、見た目とうらはらで、心は熱い。熱すぎる。

一応、都会の人なのでスマートです。でも、かなりの熱さです。私にはすごく伝わってくる。

かと、思えば、超雅(ちょうみやび)です。私の造語ですが。三線片手に、何度か歌を聴かせていただきました。歌の心も知っている。

そして、沖縄の未来への理想形のアプローチをきちんとしている人だと、勝手に思っている。

私は、沖縄の問題を語る時、方向はふたつあると思っている。

ひとつは、今、直面している現実の問題へのグローバルなアプローチ。
もうひとつは、文化的側面から沖縄の心情を理解してもらうローカルなアプローチ。

バランスが難しいけど、このふたつを両輪にしないと、相手には伝わらない。

相手って何か。今のところ、沖縄から向かってみれば、日本政府、国際世論。そして、なぜそのふたつへのアプローチが難しいか考えてみる。かなり乱暴だけど。

ある年代の沖縄の人は、なぜ沖縄がこうなのか、わかっていると思う。でも、将来的に声をあげていく若い世代には、あまりわかっていない。代わりに別の文化の側面は伝わっている。それは、沖縄の若者が普段の生活のなかで、マスコミが流す沖縄イメージに浸っているからとも言える。なんくるないさ、は知っていても、伊波普猷は知らない。

歴史や文化を詳しくは知らない。でも、上の世代から聞こえ漏れる、にじみ出る、生活から出る苦悩を抱えて生きる。それが、現在の中高年の自殺や貧困につながっている。

もちろん、上の世代も解決しようとしたんだと思う。復帰もしたし、経済と言われれば、頑張って働いた。基地だって受け入れて、なんとかうまくやってきた。ジャブジャブの交付金も有効に使おうとした。

そんな時間のないなか、下の世代に歴史を伝えることは難しい。

伝えようと思った頃には、もう子どもは大人になって、自分の価値観を持ち始めた。人を育てることをしにくかった環境になってしまった。放っておいたツケが回ってきたんだと思う。

それが、沖縄の世代間格差を生んで、経済格差、教育格差を生んでいる。富める一族だけが富める社会。超格差社会。死屍累々の民衆のうえにとも言える。実のところ、歴史的にはずっと同じことをやっているんだと思う。これも乱暴だけど、同じ遡上に立っているようにしか見えない。まな板の上といえばよいのかな。

脱島した私に何ができるか、考える。(脱島者とは、冗談の表現ですが、作家の仲村清司さんがおっしゃったのだけど、最近、本当にそう思えてきた)

いっしょにもう一度、若い世代と丁寧に、歴史をひもとくことだと思う。沖縄の世代の育て直しみたいなものだ。

私たちは豊かだった。人間本来の意味で。

こんなに問題山積で、そんなことはないだろう、と言われる。でも、私は思うのだ。

人間本来の豊かさが残っているから、私たちはこんなに離れていても助けあっている。問題山積のなかでもどうにかこうにか生きている。特に、私は十分に助けられていると思う、有り余るほどに。いつも返せるか不安に思うくらい。

東京に住んでも、宮古の人たちから支えられている、と日々、実感するのだ。そして、宮古に関わる東京の人達にも。私を通して、宮古や沖縄を知る人が、物心両面で私を支えてくれている。

その無償の愛情や自分たちもないところから分け与えてくれる優しさは、宮古にはまだ残っている。そして、東京にだって残っている。私が好意で接することで、同じように返ってきていると思う。

人は、感情や返礼性のなかを生きているからだ。ともすれば、厳しいこともある宮古の人の優しさも受け止めて、理解しようと努力する東京の人たちもきちんといる。わたしなんか、東京のルールから言ったら逸脱してると思う。でも、まわりのおおかたは温かい。

私も好意を返せ、とは言わないように、相手も言わない。恩着せがましくされることもほとんどない。失礼なことや間違っていることは指摘したりされたりする。風通しがいい。

それが人間本来の豊かさだと思う。東京にいても島を生きることができる。人間関係という意味では。

私が書いているようなことを、私は口には出しませんが、梅崎さんは知っているんだと思う。同じ意見ではないだろうけど。私たちは、違う意見を持ちながらも、同じことに歓喜し、美を讃え、今と未来を見つめている。歴史から学びながら。

そして、宮古の人は、宮古馬を巡って、梅崎さんには教えていただけると嬉しいことがいっぱいあると思う。

梅崎さんのような人は、島にとって「宝」なのです。沖縄のために心から動いてくれる人は、まさしく「宝」なのです。知恵もある。心もある。そういう人と並んで、島の景色を見ると、私たちの本質的な豊かさは享受できる。

私は、そんな「宝」のようなひとをたくさん知っている。段差を埋めようと、平等に向き合ってくれようとしている人をたくさん知っている。その一人が梅崎さんだ。私はそう思って、いつも梅崎さんと会っている。なんだ、これ、ラブレターか、笑。

最近、生まれ変わったら結婚してみたい人が増えて大変です。生まれ変わる頃には、婚姻制度はなくなっていると思いますが、笑。とりあえず、老後はボーイフレンドもガールフレンドもたくさんできて、幸せになれそうです。

さぁ、みんな長生きしようね。みんなで宮古の浜を歩こう。
(これはある先生からの受け売りですが、この感じ、すごくわかりやすくて、沖縄的で好きです)

梅崎さんに関わるURLあげておきます。読めば読むほど「宝」の理由がわかるはず。

https://www.churashima.net/keiba/
http://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2014/01/08/kiji/K20140108007343070.html
http://www.miyakomainichi.com/2014/11/68927/
https://www.hosei.ac.jp/fujimi/okiken/sougoukouza/2016sougou.pdf
http://www.amazon.co.jp/%E6%B6%88%E3%81%88%E3%81%9F%E7%90%89%E7%90%83%E7%AB%B6%E9%A6%AC%E2%80%95%E5%B9%BB%E3%81%AE%E5%90%8D%E9%A6%AC%E3%80%8C%E3%83%92%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%82%AD%E3%80%8D%E3%82%92%E8%BF%BD%E3%81%84%E3%81%8B%E3%81%91%E3%81%A6-%E6%A2%85%E5%B4%8E-%E6%99%B4%E5%85%89/dp/4899822332/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1465368390&sr=8-1&keywords=%E7%90%89%E7%90%83%E7%AB%B6%E9%A6%AC  

Posted by 宮国優子 at 23:03Comments(0)日常閑話博客管理

2016年06月06日

光と影 沖縄は自殺率全国一位








本土の人たちが思う沖縄イメージは「青い空で青い海で人はお気楽」というものかもしれない。テレビには、夏に向かって、明るい沖縄ばかりが流れるから。みんなのんびりして、幸せに見える・・・ようだ。

でも、私は違うと思う。確かに幸せな人はいる。でも、そうでない人も多い。

沖縄が、全国で飛び抜けて、自殺率が高いことはあまり知られていない。詳しく知りたい人は、私が末尾にネット上だけですが、参考にしたものを見ていただければと思います。

中高年層が数値として異常に高い。それも年々増加傾向だ。今の沖縄を物語っているようだ。重苦しい社会でもあると思う。

社会の構造を考えると、そうならざるを得ない。辺境には、さまざまな意味でしわ寄せがいきますから。

だからといって、被害者とは思わないし、思いたくはないです。でも、裏をかえせば私の超個人的な「あららがま」なプライドがあるだけかもしれないです。

沖縄の男性のDV率も半端なく高いし、いろんな意味で、中高年の危機の時期に折れてしまう。そのやるせなさが、内に向かうか外に向かうかのちがいでしかない。その時期は、公的にもプラベートでも問題は頻発する。若いうちはごまかしが効いたことが、ごまかせなくなるからだ。

私は彼らが簡単に死を選んでいるとは思わない。そして、沖縄の人が特別弱いわけじゃないとも思う。

みんなその立場になれば、そこに流れていく。人はそんなに強くないし、誰もが凡庸だからこそ、ある一定の環境にいれば、犯罪を犯したり、スレスレのことをしたり、死を選んだり、死を選ぶような言動を繰り返し、社会から抹消されるようなことをしてしまう。私もその立場にいればそうなる自信がある。

全部が環境のせいにするわけではないけど、沖縄、離島が特段の、ガラパゴス的に近代化したことは人の心を追いつかせなくなったと思っている。これは沖縄の影の部分だ。光が強ければ、影も強い。その影の部分を担ってきた祭祀行事など、アイデンティティを支えるものが消えつつあるのは、非常に危ういと思っている。

人は頑張ればなんとかなる、とは、まったく思わない。

だから、頑張れないときにどうやって乗り切るかをいつも考えている。

私は、いつも冗談で「死んだフリ」と言っているが、心底、思っている。「死んだフリ」以外、乗り切る方法が思いつかないから。「死んだフリ」で、状況をただ受け入れること。怒ったりしていると、エネルギーをもっていかれる。野生動物のように傷が治るまで寝てればいい。頑張らなくていい。

そして、時が来れば、復活する。自然に。その自然治癒力を「死んだフリ」して、自分のなかで貯めていればいい。何年かかってもいい。

心折れた友人に対しては、自分に何ができるだろうか、といつも考える。できないこともあるかもしれないけど、できることもあるかもしれない。でも、みんなが声を出せるとも思えない。人には、さまざまなプライドがあるからだ。

友人も含め、私のまわりには人生の落伍者と自分自身で認識しているひとはいる。必死で、今の生活を保つために、耐えている人もいる。でも、だからどうなの?と思う。

落伍者には落伍者の生き方があるし、なぜ、人に落伍者と言われなければ、判を押されなければいけないのだろう。なぜ、耐えなきゃいけないのか、と思う。

人が名付ける言葉や同調圧力を受け入れる必要はない。それこそ、必殺「死んだフリ」です。

自殺した友人も、生活が困窮した友人も、犯罪を犯してしまった友人も、お金持ちの友人も、社会的に成功した友人も、幸せのまっただ中の友人も、不幸のどん底の友人も、私には等しく、友人だ。

人はいつ自分がそうなるかわからない。

だから平等でいたい。できない時もあるけど。その人をまるごと受け止めたい。陰口じゃなくて、ちゃんと面と向かって、本音で話したい。我慢できないことは、我慢できないというので、率直に言いたい。その自由はあるから友だちなのだ。

口にだすこと、すべてがいいわけじゃないけど、心に押し込めていては、いつか爆発する。爆発した先が死を選ぶことなら、私は本音で話して、膿を出したほうがいいと思う。辛いと言い合える、友人が一人でもいればいい。仲間ならもっといい。

そして、他の人から甘くしてもらえる人は、私が甘くしなくてもいいと思っている。でも、ずっと伴走したいと思う。時折、建設的な意見をプレッシャーにならない程度に言おうと思う。苦しい時も元気なときもいっしょにいたいと思える友人でありたい。

私がずっと後悔していることは、自ら命をたった友人たちに何もしてあげられなかったこと。自分なりに精一杯よりそったつもりだけど、多分、それでも足りなかった。

友人たちが「あららがま」が足りなかったんじゃない。ほんの少しのことにまわりの私たちが気づかなかったんだと思う。書いているそばから、自分の傲慢さに気づく。

「ほんの少し」のことが、彼らには「ほんの少し」じゃなかった。人生の意味がたくさん詰まった「苦しみ」だったんだよな。私は、その答えを彼らからもらえなくなってしまった。彼らが同じ世界を生きていないから。

ただいっしょに、もっと、彼らの不幸を笑い飛ばす時間が必要だったんだと思う。その時間がさけなかった自分が憎いほどだ。

人は生きているのではなく、生かされているのだと思う。

沖縄の一側面であるこの自殺率の高さは、何を物語っているか。
いろんな人の切り取り方で、考えて、教えてほしい。

イメージの沖縄がないように、イメージの東京もないし、沖縄にふれたとき、頭ではなく体感してほしい。

島の人が日常的に使う「運命」という言葉が、実はどれだけ重いか、一度考えてほしい。

いやー、読み返すと、要求が多い。欲望の塊に見える。
それでもいいから、これだけは言っておきたかった。
沖縄の光と影を知っているからこそ。
自分が何ができるか、いつも考えていたい。

参考
http://www.porsonale.co.jp/semi_i197.htm
http://tmaita77.blogspot.jp/2015/07/blog-post_2.html
http://scoop.ti-da.net/e1366662.html
http://www.pref.okinawa.jp/site/hoken/kenkotyoju/seishin/documents/jisatsu-koudoukeikaku.pdf  


Posted by 宮国優子 at 15:18Comments(0)日常閑話

2016年06月03日

yellowという世界 



最近は、毎日脳内エンジンをかけるときに、聞いています。一日のスタートが幸福感ハンパない。
しつこい性格なので、多分あと十年はこの習慣が続くんだと思う。

実は、何度かこの歌について書き始めたのですが、好きすぎて終わりませんでした。
アホです、かなり。

で、再度、なぜ、好きなのか考えてみました。
そもそも洋楽が、英語の語感が好きというのもあるのですが、歌詞がいいんです。

そして、私の英語力がつたないせいだとも思うのですが、うまく訳すことができない。意外と簡単な歌詞でもあるにもかかわらず、です。言葉が内包する世界の広さに、私の日本語が追いつかないのです。

実は、その訳すことができないことそのものが、私の心をとらえてはなさないのだと思う。

ここが宮古ふつと同じなのです。その言語でしか、あらわせない世界。
その言葉を、そのまま受け取るしかないという、もどかしさ。

言葉というものの脆弱さを思い知らされる、その瞬間。熱くなる。

そこに萌えるのだと思います、笑。
さらに歌詞が超個人的な情熱のみなもとになる場合、特に。

私にとっては「なりやまあやぐ」もこの「yellow 」という歌も同じ琴線に響いている。
民謡と洋楽。かけ離れているように見えるかもしれないけれど、私にとっては同じ重さで、同じ温度で迫ってくる。同じ空気をまとっているから。言葉が違えど、内包されているメッセージは同質だからだ。

大切な存在に向かって歌うという、その小さな世界。
その世界に、私が思う幸せ、愛情、嬉しさ、儚さ、複雑な感情がすべてが詰まっている。

特にこの「yellow」は、自分以外の、人の命や存在、その人しか持たない美しさを讃えているのです。他の人に価値を決めてもらうものではなく、自分でその人らしさへの価値を決め、さらに存在を感じることで、価値を享受しているよ、と。それ以上でも、それ以下でもない。そのことを素直に表現しているのです。

誰もが誰かのそういう存在で、唯一無二の存在。
軽々しくあつかっていい命なんてひとつもない。
命への賛歌でもあります。

主体的に歌っているように見えて、実は相手がいないと成り立たない世界を表している。人が人らしく生きるということはどういうことか、聴くたびに考えさせられる。

煩雑な毎日で忘れかけるけど、私が生きている原動力は、すべてこういうことが起点になっているのだと思う。

ひるがえって考えてみると、実は、人は一人では生きていけないけど、本当は一人で生きているということでもある。どんなに相手を思っても、その人と一体になり、同じ人生を生きていくことはできない。相手には自由があるから。自分の命を分けた、最たる子どもですら。

その人がその人らしく生きていくことを、誰も止めてはいけない。そして、相手の自由を認めることが、最大の愛情なのかな、と。なら何ができるだろう。私は讃える以外思いつかない。脆弱な言葉を使って。それしかないから。全然足りないけど。

そして、きっと、人は、相手を想えば想うほど、自分のすべてを差し出してしまうのだ。それも自然に。これも歌詞に現れている。とても英語的に、笑。

もしかしたら、宗教に帰依することに似ているのかもしれない。

私は、簡単に、私の目の前の人が宗教になる。目の前のことに集中が過ぎて、熱烈になる。でも、話していくと、思惑と違う方向に向かって行くことも多い。すると、ぼやっと上の空になる。でも、気を取り直す。

そのたびに、問いかけ、対話し、相手が自分でないことをやっと実感し受け入れる。ほんとうの意味での受容ができる。多分、賢くないんだと思う。(いま、ふと思い出したけど、私は同じようなことをその昔、宮古毎日のエッセイで書いた。成長していないととるか、ぶれてないかは、微妙、笑)

他人に自分の意見を押し付けそうになったとき、相手は自分ではなく、自由な存在だから、自分が心地よくなるような見返りを求める方が卑しい、という当たり前のことを、はたと思い出すのだ。

いろんな訳がありますが、これは相手が他人だからこそ、自分ではないからこそ、素晴らしいということも表現しているように思います。失恋というか、喪失の歌ではあります。愛しているもの、愛したものはすべて形になるのではなく、まるで光のようなもので、まさに「yellow」なのです。人は過去の記憶とともに現在を生きているのです。

などなど、この歌を聴くとモゾモゾ考える。

人は一人であるということを悲しいと取るか、人間らしい生きる喜びと取るか、状況によっても違うかもしれない。今のところ、私は、人間が人間たる所以(ゆえん)であると思うので、喜ばしいことと思う。

そう思ったら、人のことなんか簡単に嫌いになれないし、意地悪もできないし、悪口なんか言えない。

加えて、この歌詞は、自然は、どのひとにも平等で愛があるものだというメッセージが込められているような気がする。頭でっかちになりがちな自分を、自然の一部に戻してくれる。

深読みかもしれないけど、ここまで妄想できるくらい好きなのです。

ついでに、最近言われて、衝撃が大きかった一言。
「宮国さんは、放っておいても考え続けるひとなんですよ。そして書かずにいられない」
そーなんです。ずっと妄想してるんです。バレた、笑。っていうか、明らかか。

私の子供の頃からの一番お気に入りの遊びなんです。それは、人がいないと成り立たない世界。言葉がないと表現できない世界。

人って、ムカつかせる存在でもあるけれど、救ってくれる存在でもあるからさ。人のなかで、もみくちゃになっても生きていきたい。

ご多分にもれず、私の日々の出来事は、そうやってできている。
他人の無礼に怒り、人の優しさに涙する。その連続だ。
生きている、ってこういうことかな、と思う。そして、生きててよかったと思う。死にかけた日々が懐かしい。あの時の私に、数十年後は元気なおばさんになっているよ、と伝えたい。

思う、ばっかりの文章ですな、笑。

歌詞をコピペしておきます。

ちなみにこの歌は「君のために歌を作ったよ」という、やもすればダサいと取られるような歌詞でもありますが、私はこの愚直さを愛します。

『Yellow』 Coldplay

Look at the stars
look how they shine for you
and everything you do
yeah they were all yellow
I came along
I wrote a song for you
and all the things you do
and it was called yellow
So then I took my turn
oh what a thing to have done
and it was all yellow

your skin
oh yeah your skin and bones
turn into something beautiful
and you know
you know I love you so
you know I love you so


I swam across
I jumped across for you
oh what a thing to do
'cos you were all yellow
I drew a line
I drew a line for you
oh what a thing to do
and it was all yellow


and your skin
oh yeah your skin and bones
turn into something beautiful
and you know
for you I bleed myself dry
for you I bleed myself dry


it's true
look how they shine for you
look how they shine for you
look how they shine for
look how they shine for you
look how they shine for you
look how they shine



look at the stars
look how they shine for you
and all the things that you do
  

Posted by 宮国優子 at 15:41Comments(0)日常閑話

2016年04月06日

18の時と変わらない



高校三年生のとき、違うクラスの川満優子がうちのクラスに訪ねてきた。
同じ名前なので、私たちは川満優子、宮国優子で呼び合ってました。

当時、全部で9クラスほどあり、私のクラスは一階で、他のみんなのクラスより遠く、なかなか他のクラスの人たちは訪ねてこなかった。
川満優子は「宮国優子!アメリカに行こうよ!」と能天気な事を言い、にっこり笑った。

勿論、断るに決まっているのだけど、前年度、英語の先生が交換留学生を推薦してくれたにもかかわらず、母が簡単に捻り潰してくれたので、その思いが沸々とわいてきた。

「沖縄本島に留学センターが出来たんだってさ」
「へぇ〜」

当時の私たちには沖縄本島はやっぱり遠い。でも、宮古から一番遠いところに行けそうだ、と本気で思った。後日、まんまと私と川満優子はアメリカに着く事ができた。とりあえず一年とか言って、島を脱出。

その後もお互い、いろいろありすぎて、書けないのですが、あのときの親が思ういい子ちゃんにはなれなかったように思う。いっしょにいろんな旅をして、いろんな人に出会った。

もうあれからゴロゴロゴロゴロ転がって、彼女の今があり、私の今がある。

実は彼女にはもう何年も会ってない。でも、私の気持ちは何も変わらない。あんたが頑張ってるんだから、私も頑張るよ、って感じだ。きっと相手もそうだろう。

そして、こんな活動をしていると知って、やっぱり変わらないや、と思った。私たちは永遠の中二病かもしれない。

正しいか正しくないかは関係なくて、必要なんじゃないかと思ったら行動する。誤解や中傷を受ける事もあるけれど。説明している暇がないんだよね。その脳みそもない、多分。川満優子、ごめん。

生き方って、成長しながらの毎度毎度判断をしているように思うけど、実は島にいた18までに決まっていたんじゃないかな。芯の部分は、私はあんまり変わっていない。多分、彼女も変わっていない。

生まれ変わっても、同じやり取りを彼女とするんじゃないかと思う。
彼女が「砂山ビーチに行こうよ」くらいのノリで「アメリカ行こうよ」と言った日が、今も昨日のように思い出せる。

*******************************

元海兵隊員と妻から始まった小さな善意、大きな心
【沖縄県那覇市】ボランティア団体HELPOKI(ヘルプオキ)が3月26日、那覇市内においてインターナショナル・ファンデイを開催しました。
ヘルプオキは、米海兵隊を退役したクリス・ネズビットさん(36)と妻優子さんが6年前、那覇市の路上でホームレスの男性に出会ったことをきっかけに、「沖縄にも支援を必要とする方々がいる」とNPO団体を立ち上げました。
クリスさんによると、「そのホームレスは片方の靴しかはいておらず、食べ物を探してごみを漁っていたのです」と振り返り話してくれました。
そしてクリスさんは、「私はその場で、自分がはいていた靴を与え、財布の中のお金を全て彼に差し出しました。この出来事が私の人生を変えました。私は妻を見て『何かできることはないか』と問いかけ、それがヘルプオキの始まりとなったのです」と説明してくれました。
2010年以来、ヘルプオキの創立者らは、世界各地からのボランティアの助けを借りながら、沖縄全島の恵まれない人々を手助けする役目を果たして来ました。
ヘルプオキは、寄付活動や地域の清掃などさまざまな支援活動を行っていますが、もっとも直近の活動は、那覇市にある石嶺児童園で催されたインターナショナル・ファンデイです。
クリスさんは、「石嶺児童園とともに活動してきて3年目になります。インターナショナル・ファンデイを通じて、養護施設の子どもたちとアメリカの子供たちは互いの距離を縮め、一緒に楽しい時間を過ごすことができるのです」と説明しています。
子どもたちは、ピニャータ割り(紙で作られた人形を割るとお菓子が出てくる)、卵運びリレー、ピエロショー、ドッジボールなどに参加しました。
ボランティアらはゲームを提供しただけでなく、バスケットボールから柔軟剤まで幅広い品々を寄贈しました。
児童園の金城朝子副園長は、ヘルプオキがここ数年来、多大な支援をしてくれると感謝しています。
金城副園長は、「ここ3年、ヘルプオキは子供達に必要なものを提供してくれています。彼らは、常に『欲しいもの』ではなく『必要なもの』を言ってくれと尋ねてきます。ですから、彼らの支援は、単に子どもたちにおもちゃを与えるようなものではなく、施設の生活上、必要なものを持ってきてくれるのです。最近、多くの子どもたちが、洗濯用柔軟剤を求めていました。そこへ、ヘルプオキがボランティアに支援を呼びかけ、すべての子どもたちが使える柔軟剤を提供してくれたのです。園のニーズをしっかりと把握した上で、支援してくれるので、とてもありがたいです」と感謝の言葉を述べています。
ヘルプオキでのボランティアの機会や今後の活動については、
ホームページ:http://www.helpoki.org/ 
フェースブック:https://www.facebook.com/theschoolofnewthought でご確認頂けます。




  
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Posted by 宮国優子 at 15:30Comments(0)日常閑話

2016年04月02日

タイミングを計ったように





年貢を納めた頃に、いろいろ連絡が入りました。
 
物事をあきらめて観念した時に使われる慣用句ではなく、本当に慣れない仕事という意味で、人頭税かと思いました。シャレにしたら矢が飛んできそうだけど、個人的にはほんとに!

まぁ、それはさておき。

まず、宮古からA君。彼の年代は、とてもユニークな子が多く、結構注目です。
宮古ではよく「昭和◯年生は、できちゃー(秀才)」とか言いますが、まさしくあの学年は、できちゃーですね。
私の学年は斜め上を行っているので、とてもまじめだなぁと思います。

うちは1970年の戌年なので、1979年生まれの彼らは羊。
お、なかなかいい感じじゃないですか。牧草地が見えてくる。

0で始まって9で結実する。そんな感じでいいですね。そっか7、8歳下なんですね。

彼とひとしきり、宮古の自費出版の話をして、電話を切りました。
不思議な電話でした。いろいろと。まるで、今年度を占うような。

次に、宮古出身で東京に住む大学生のKさんが連絡をくださいました。
「宮古のことをもっと知りたい」とのこと。
次の日には専門学校生の妹さんと訪ねてきてくれました。

三つ目のご連絡は、みゃーくふつメールマガジンの「くまから・かまから」のライターさんでもあるあすなろさんです。
km22.web.fc2.com/

昨年、初めてお会いしたのですが、情報交換のなかから「稲垣國三郎」のキーワードが出てきて、そこからあすなろさんはご自分で足で稼いで情報を集めてくださいました。
安城の郷土史家さんと交流を始め、島から送り返された胸像も拝見したとのこと。

あすなろさんは「不思議なこともあるもんだ」と連発されておりました。
そうなんですよ、私も宮古の歴史を調べ始めれば始めるほど、とても不思議なことが多発するんです。
ちなみに稲垣國三郎さんは、コトバンクによるとこんな方です。
とっても宮古と深いご縁があるのです。

稲垣国三郎 いながき-くにさぶろう1886-1967 明治-昭和時代の教育者。明治-昭和時代の教育者。明治19年9月1日生まれ。大正6年沖縄師範教諭兼付属小学校主事となり,友納友次郎の綴(つづ)り方教育を実践。著書「琉球小話」の一文「白い煙と黒い煙」は中学教科書にのり,全国に知られた。昭和42年7月19日死去。80歳。愛知県出身。愛知第一師範卒。


あすなろさん。お手紙とたくさんの資料を送ってきてくださいました。
本当にありがたいです。

その後、垣花恵子さんや與那城美和さんからお電話があり、久しぶりにじっくりお話しました。

その間も、宮古帰りのT先生や、東京出身なのになぜか文化の防人をしているMさんとも久しぶりに話しました。はがきや封書、これから読むものがたくさん手元にあります。なんて楽しいんだ!

宮平先生、ありがとうございます。沖縄の歴史、きちんと勉強します。いや、でも難しいです、抜き刷り、笑。

さっき、電話があったと思ったら、何故か別々の知り合いがパーティでいっしょになったらしい。なんなんだ、笑。ここは花の東京だし、1335万人もいるんだぞ、それなのに、なぜ?


いやはや、とっても濃い新年度が始まりました。
今年はたくさん仕事がしたい、と思っています。
たくさんの人に会って、もっともっと学びたい。
そして、たくさん書いていきたい。


こんなにリフレシュした春は久しぶりです。
metamorphose(メタモルフォーゼ)的に、笑。
蝶ではなく、蛾に近いかもしれませんが・・・。
昨年度はそんな一年でした。蛹(さなぎ)から蝶or蛾になる完全変態プロセスでした。

先日、知り合いとちょろっと話しに出ました。
幼虫の体を構成していた器官は、食細胞の働きで全部分解されてしまい、まったく別物の器官に造りなおしが行なわれる・・・難しいですね、笑。
要は、蛹のなかはドロドロなんだそうで。蝶の小さいのが徐々に成長するのではなく、一度虫が全部液体のようにドロドロになってからの再構築なのだそうです。げげ。妊娠出産とはちがう混沌ですな。

蝶や蛾になるために、めちゃくちゃエネルギーを使って、苦痛なんだか快楽なんだか訳の分からない、自分を全部なくしてしまうってことなのかもしれない。そして、ただの蝶になる。生殖機能しか残さない生き物になるんだ。ひょぇ〜。書いてたら怖くなってきた。

私は生殖機能は使ったので、更なる宮古おばぁへの完全変態を目指すことにしました。
う〜ん、宮古の歴史を学んでいくと、宮古変態にもなりますが(内輪ネタ)。
変態という言葉に反応するよ、脳みそ中二なので。たらーん(宮古方言ね)。
さぁ、みなさま、ぜひ、ご一緒に!
今年の春はメタモルフォーゼで、笑。

https://note.mu/3892yuko/n/ndb67cae4d14f  


Posted by 宮国優子 at 20:10Comments(0)日常閑話

2016年01月19日

迷走中なのか瞑想中なのか2016 ネット上まとめ




ご無沙汰してます。
相変わらず瞑想中の、いや、迷走中の宮国です。

あけましておめでとうございます、ですね。あぁあああああ、すいません。
狩俣の一風景を、お年賀にアップさせていただきました。

日々、なんだかせこせこ書いてました。
何故かというと、思うところがあったからです。
いや、あんたね、いつも思うところあるじゃないよ、と宮古の友人からつっこまれそうですが。

これは、くまかまのメルマガで書いております。「兆し」というタイトルです、はい。
http://melma.com/backnumber_33637_6310499/

ネットの世界が、リアルにどんどん近くなっているような気がしているんです。
それはハードがみるみる変わってきたからかと思います。

もしかしたら、離島の命運はネットとの共存にかかっているんじゃないか、とまで思った年末年始でした。
この雑誌離れ、メディア離れ、加速する一方です。
でも、だからこそこの情報の波を巡らなければいけないようなそんな気がするのです。

丁寧に潜らないと、息が続かないかもしれない、とまで思います。

そこで、考えていてもなんなので、いろいろ実験をすることにしました。
ブログ書いてないのに、何を言う、ですが。
いや、やっぱり大臣ですよ、ちがう、大事なんですよ。

まとめてみました。

新しく始めたことや今までのまとめ。

noteを作ってみました。
https://note.mu/3892yuko
これはかなり離島向けにいけるんじゃないかと思います。
マガジンにわけていくことができるのも魅力です。
職業が百姓時代になるのを見越して、かもしれません。百姓は百のナリワイですから。
整理整頓がしやすいインターフェイスの登場だと思います。テレビのガチャガチャがリモコンになったくらいの衝撃度がある。

実験用のブログを始めてみました。
宮古島とつながるblog

Facebookも全公開にしてあります。
Facebook

twitterはあまり使っていませんが、広がり方が半端ないので、ありだと思います。
twitter

Instagramも実験中です。
関係ないですが、この記事はとても良いです。
【第1回】Instagram完全攻略マニュアル!誰も教えてくれなかったFacebookとの違いとフィード・アカウント検索の仕組み。
http://gaiax-socialmedialab.jp/instagram/355

どの組み合わせが一番良いのか、考えないといけないですが、これも実験と思えば、なんと楽しいんだろう。
最近「コンピューターおばあちゃん」と友人にバカにされましたが、違います、コンピューターおばさんなのです。

ネットを使って、どんな風に広めたり、そして母艦を何にして、なにを手足にするか、考えなくてはいけないような気がします。
私は個人的に宮古にアーティスト村ができるくらいクリエイティブな人が集まって欲しいと思っています。そして、そんな幕開けを感じる2016なのです。  


Posted by 宮国優子 at 00:13Comments(0)日常閑話