2018年03月11日
Remember 3.11
FBに以下のように載せました。
読んで頂けたら、幸いです。
【拡散希望 Remember 3.11】
震災から7年目。あっという間な気もしますが、もう7年もたってしまったのだとも思います。風化させてはいいけないと思い、記事を書きました。署名ではありませんが、宮国節でございます。
できれば、たくさんの人に読んでほしいので、拡散をお願いします。少しずつですが、私のアンテナにひっかかるものをとりあげました。
日赤について
十数年前、日赤本部で働く宮古の方を取材しました。彼は当時部長職でした。とてもお偉いさんになったのです。
敗戦時に宮古で、日赤がボランティアで食べ物や薬を配ってくれたことをずっと感謝していて、大学卒業後、自ら日赤の門を叩き雇ってもらいました。これは本人の弁です。
「アホな僕にもできることがあると思ったんだよ!」とおっしゃっていました。何度も断られたそうです。宮古方言丸出しで、私を日赤中案内してくれました。とても素敵な人でした。
退職後、自分で作ってくれた野菜を送ってきてくれました。もうお亡くなりになりましたが、私には忘れられない人です。偶然にも、私は、日赤のその本部から200mくらいのところで、お仕事をさせていただいています。
他にも、久高島のイザイホーなど映像作品を取り続けている北村さんの会社の映画も紹介しました。この人も死ぬほど素敵です。若い世代を確実に育てていらっしゃいます。
昨年は、同社での試写会に押しかけて、まさかの「辺境のフォークロア」の著者の金子さんにもお会いすることが出来ました。宮古の若い世代に読んでほしい一冊です。宮古は、COOLです。他のCOOLさも楽しめるほどに。
http://www.inacity.jp/…/ina_jin…/eiga_tv/minao_kitamura.html
また、これもアラカキヒロコさんからひょんな縁からつながっていますが、チェルノブイリと福島を行ったり来たりしている衛生学者の木村真三さんたちの取り組みも掲載しました。昨年はいっしょに宮古島を訪れ、ハンセン病歴史資料館を見学しました。
人の縁とは不思議です。私のまわりにいる人は、みんな自分の得にならないことばかりやっている人たちかもしれません。でも、情熱があります。唯一無二の自分の役割に奔走しています。全然偉そうじゃないのが、共通点です。
ネットが主流になりつつある今こそ、こうした自分の心根にそった活動をしている人たちに、少しでも光があたればと思います。
自然と私たち、そしてテクノロジーが、どうやって共生していくかを考える時、人間同士がつまらない争いをしている暇などないと考えています。
すごい真面目そうですが、1年に一度は、311によせて、私たちはこのテーマに真摯に向き合ってもいいのではないかと思います。
そして、私がこのようなことを自由に書く場所を与えてくださったMさんにも心から感謝します。
Remember 3.11
http://voice.gogetterz.com/news/fukushima/311/
Posted by 宮国優子 at 16:43│Comments(0)
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