2014年01月31日

ざくろ 女性という仲間

ざくろ 女性という仲間

*ザクロと言えば、鬼子母神伝説。自分の子供達を育てるため、なんと人間の子供をさらっては食べていた神様がお釈迦様に「今後、どうしても人の子が食べたくなったら代わりにこれを食べよ」と渡されたもの。鬼子母神は左手に子供、右手にザクロを持っているそうです。*


二子玉川はおしゃれなママたちの街だ。「ニコタマでランチ」と言う言葉から、その人がどういう暮らしをしているかわかるほど、東京の、それも城南地区のママたちの代名詞だと思う。城南4区と呼ばれている地域は、品川区、目黒区、大田区、世田谷区。年収も高く、教育熱心なのだと思う。自由が丘、二子玉はモデルのようなお母さんたちが闊歩している。平日の昼下がりは、豊かな人たちが優雅にお茶を飲んでいる印象。


先日、そのニコタマのカフェの軒先で友人と話していて【貧困女子】の話題になった。それから流れて風俗に勤める女の子が子どもを置き去りにし、見殺しにした事件の話になった。似たような事件を毎日どこかしらで耳にする。

貧困や自制心の無さが犯罪を生むのだろうか。

ニュースの画面を眺めながら、いつも考える。「一歩間違えば彼女たちになりかねなかったし、なることもあるかもしれない」。たったの一歩だ。


表面的には、普段ニコタマランチをしている私。でも彼女たちはまるで私の一部のように私の中に鎮座している。ただ大きな存在として、別人格で当たり前にかたわらにも存在している。そんなイメージ。


彼女たちはいつも私のそばに座っている。洋服の袖から彼女たちの体温を感じるくらい身近に感じる。温かい生身の人間で、自分でよく把握できない流れに巻き込まれている。いろいろめんどくさく思っている。でも、生きてる。虐待や見殺しや、さまざまな犯罪と呼ばれることをしながらもこれから生きていくだろう。



私は彼女たちとなんの差があって、私は、今ニュースを見る側にいるのだろうか。



私だって、子どもの悪行や何日間も眠らせてもらえない育児だった時、つらくて泣いたり、怒鳴ったり、時にはおもわず手が出たりした。そのとき、心が冷えた。今だって子どもに知らず知らずのうちに暴言を吐いたりすることだってある。自分の暴力性をまざまざと見て、自己嫌悪に陥る。でも、それでも生活は続く。日々、やり直しだと思いながら、子どもたちの安全や命を守ることに精一杯だ。それはどのお母さんでも直面することではないかと思う。


多くの人と犯罪を犯してしまう彼女たちの大きな差は、ふたつあると思う。


責任感のなさ。欲望に忠実というべきか。
まわりに犯罪につながる行動を止めるストッパーがいなかったこと。


子育てがめんどくさいものになり、そのまま放置してしまった。なんという受動的な、でも決定的な【浅はかさ】だろうと思う。でも、それは都会で孤独な子育てをするママたちにとっては、心のどこかに必ずあるのだと思う。


人は思ってもみない不幸に見舞われることはある。彼女たちはそれを認識できていなかったのではないか、と思うのだ。認識できれば、普通そんなことはしない。もし、認識したとしても、その解決法が今までの生育歴では考えもつかなかったのではないか。


めんどくさい。だから放置する。うるさい。イライラする。だから死ぬまでのダメージを与える。行動が短絡的すぎる。


それは彼女たちがそのような環境で育ったからで、彼女たちはある意味、サバイバーなのだと思う。そのような環境で育ったのではなくても、人として大事なことが欠落している。教えてこられなかった。連綿と続く先祖からのその【浅はかさ】を先送りしていただけ。時代が変わって、環境が変わり、ただそれが犯罪に結びつくようになったのだろうと思う。


不幸は一概に悪いものではないと思う。自分をギリギリまで追いつめることもあるけれど、それが大きく人を成長させたりもするはずだ。人の痛みによりそうことの出来る人格をつくることもできるかもしれない。人の施しを受けて、心が震え、人の不幸を我が身のように感じ、人を大切に生きていきたいと願う心の素地が出来上がる。


ふたつ目のキーはそこにある。「それは不幸だ」と指摘してくれる友人はいたのだろうか。「どうにかしないと」と骨をおってくれる親や友人はいたのだろうか。


いなかったとしたら、それは彼女たちのようなクラスターが確実に世の中に多くいるということだ。それは彼女たちだけが悪いというものではないと思う。そのような時代で、そのような教育で、そのような家庭で、大人になれずに育った子どもが大勢いるということだ。子どもをもつほどに成熟していない彼女たち。私だってそんな立派な母親じゃなく、子どもによって育てられている部分が大きい。


その事件の話をしているときにきれいな格好をしたママたちが、きれいな子どもたちを連れて、近くの音楽教室から家路についていた。私は彼女たちの側にいる。私の身近にたくさんいるタイプだ。頭が良く、真面目で、頑張っている。幸せのためにまっとうに努力している。彼女たちの体温も私には直に伝わる。伝わり続けている。

彼女たちは本当に素敵だし、母や妻という役割のなかで静かに生きている。では、悩みがないか、と言えばそうでないと思う。彼女たちも必死に倒れないように自分を支えている。無意識に安全策を張り巡らしている。はたで考えているよりお気楽ではない。

ひるがえって先の犯罪者になってしまった彼女たちのことを考える。彼女たちだって、そのきれいなママたちでいたかったにちがいない。でも、そこにいけるまでの忍耐も努力もできるほど、深まった自意識も成長もはなかった。


私の右隣に、犯罪者になってしまった、もしくはその方向へなりかけている彼女たちがいる。左側には、自分を律しながら試行錯誤しているきれいなママたちがいる。どちらの体温もいつも身近に感じる。私はどちらに転ぶか、いつもギリギリだと思う。ずっとこのまま彼女たちの体温を感じていたいと思う。時代をともに生きる仲間として。


なので、全然答えは出ない。
ただ【一歩間違えれば】とか【一寸先は闇】。そんな言葉がずっと頭を巡る。

島とは関係ない話に思えるけど、島の中が格差化してきた今、考える意味があると思う。
沖縄県の中でもDV被害がかなり多い地域でもある。全国一とも言われている。特に宮古はパーセンテージが高いそうだ。私は自分の家族で目にしたことはなかったが、そこかしこにその芽はあった。私の男女関係をめんどくさいと思いやすい傾向はその原体験にもあると思う。ずっと抗いたいと思っていた。感情的になって、巻き込まれるのはごめんだ、と。DVは性別にふたをする子どもを生みだすように思う。


でも、島以外でも当たり前にあることだ、と気づくまでとても時間がかかった。どれだけアホかは自分でも重々承知している。でも、今一度、言語化することによって、私たちはザクロを手にした女性という仲間であることを忘れたくなかったのです。





参考
DV発生率ワースト1沖縄―
失業率が高く、出生率が高く、離婚率も高く、所得が低く、男がマッチョ- 島と恋と結婚観
http://news.mynavi.jp/c_cobs/news/am/2012/08/dv--.html


itと呼ばれたこども
http://www.amazon.co.jp/%E6%96%B0%E8%A8%82%E7%89%88-%E2%80%9CI-%E3%81%A8%E5%91%BC%E3%81%B0%E3%82%8C%E3%81%9F%E5%AD%90-%E5%B9%BC%E5%B9%B4%E6%9C%9F-%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AC%E3%83%83%E3%82%B8%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9/dp/4863322488



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Posted by 宮国優子 at 12:12│Comments(3)宮古現今
この記事へのコメント
こんばんは。

一番の要因は 無関心 だと思います。
Posted by 宏美 at 2014年01月31日 22:56
ざくろに、そんな神話があったとは知りませんでした。

30年くらい前に年上の先輩から生理痛が酷い時に、ざくろは子宮に良いからと貰った覚えがあります。ざくろは高価で、手に入りにくかったので、ジュースを買った記憶があります。

そのジュースも当時のサラリーでは、しょっちゅう買えないので、疎遠になりました。久々に、ざくろをおもいだしました。
あ、そうそう、私の誕生石は、ざくろ石です。
Posted by 宏美 at 2014年01月31日 23:03
こんばんは。さっきブログを見ていたら、別のコメントがあがってきて、宏美さんのコメントもついているのにきづきました。ごめんなさい。いつも遅いですね。

無関心、それは養育側のということでしょうか?それともまわりも?

そうかもしれませんね。そういう映画がありましたね。私は怖くてみれませんでした。

ざくろは、おいしかったです!私も久しぶりに食べました。宮古ではピアノ教室の隣にたくさんなっていました。いつもおいしそうだなとおもってましたが、食べたことはなかったな〜。
Posted by 宮国優子宮国優子 at 2014年02月11日 21:39
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